第16話 登録番号00000

 この世界で、二番目に能力アビリティに目覚めた人物とはだれか。各国の主要な人物と本人、あとは日本の自衛隊員の数名のみが知るその人物の名は、佐藤英雄。では、一番初めに能力アビリティに目覚めた人物は?佐藤英雄と同様に、世界に秘匿されたその人物の名は、ステラ・パルゥム。齢未だ30に満たず、それでいてすでに物理学の最先端に片足を突っ込んだ、アメリカが誇る麒麟児である。


 しかしこの麒麟児は、その足に枷を受けていた。多大なる金銭を給料として受け取る代わりに科学者である己を売り払った彼女は、与えられたその部屋でため息をつく。能力アビリティに目覚めた者。覚醒者アウェイキーと呼称される彼女の部屋には、おおよそあらゆるものが揃えられた。仮に無いものがあったとしても、数十分も待てば届けられるであろう環境ではあったが、そこにはただ一つ、自由がなかった。


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能力アビリティ夢物語サイエンティフィックドリーマー

根源欲求ソース:未知の記述


夢物語サイエンティフィックドリーマー

受動的能力パッシブアビリティ

直観的計測アンチサイエンス

 その視界にあるあらゆる物ごとに対し、単位を指定することで数値を得る。


能動的能力アクティブアビリティ

机上の数式デビル

 この世界のあらゆる現象を記述する数式を仮想的に導入し、そこに数値を代入する。正しく数値を入力すれば、その数式は正しく世界の形を記す。


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 この能力アビリティに目覚めたとき、彼女は世界の声を聴いた。同時に、そこに表示されたテキストに興奮した。あらゆる物理現象を数式で記述する。たった一言で表されるそれが、まさしく全物理学者の夢なのだから。

 

 その後、彼女はそれを報告した。ともにダンジョンへと赴いた研究者に、軍人に、そして国家に。しばらくして、国で最も権威ある研究施設に召喚された彼女は、そこで数多の機器に接続され、能力アビリティを発動する。初めに、斜面を転がる球体の運動を、次に、溶液の拡散を、その次は、気体の混合を、そのまた次は、……。

 いくつもの現象を対象にして、能力アビリティを発動していく。そのたびに意識がなくなり、気が付けば頭に望む答えが浮かび上がる。それは、どこか科学者である自分の存在を否定されたような気がして、気持ちの悪いものだった。


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 そのまま彼女は、流されるようにその研究所と、ひいてはその研究所を運営する国家と契約を交わした。自由がなくなると、その事実はわかっていたが、このプロジェクトの価値について、熱弁されれば、軽くあしらうことなど彼女には出来そうもなかった。そうして、麒麟はその足を奪われた。


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 そして今、ふと、意図せずして部屋に閉じ込められた蠅を見て、彼女は思った。この部屋の全てを、私は見ることができる。ならば、この部屋が永遠に密室であるという仮定の下でならば、蠅の未来すら予測できるのではないか、と。それは、ラプラスの悪魔という思考実験から着想を得たアイデア。不確定性理論によって否定されたそのアイデアが彼女によって肯定されるのであれば、つまり、彼女の能力アビリティを信じるのであれば、なるほど確かに、彼女は悪魔的な存在であった。


 部屋をぐるっと見渡し、そして最後に蠅を凝視し、能力アビリティを発動させる。好奇心に突き動かされたその行動の結果として帰って来たのは、無慈悲なる世界の条理だった。


『アクションを確認しました。このアクションに対し、能力者の現在の演算能力に大幅な不足が確認されます。アクション終了までの予想時間は30,000,000秒オーバーです。』





―――――あとがき

 今回は、主人公回ではないため短めです。なので、14時ごろにもう一話投稿予定です。

 一年は365日あり、一日は24時間、一時間は60分で、一分は60秒です。つまり、一年は閏年を考慮しなければ365×24×60×60秒あり、その値はおおよそ31,500,000です。

 ステラは、世界の声が流れたときにはすでに意識を失っています。そのため、これまでも聞こえていたであろう世界の声を、彼女は能力獲得時以外に聞いてはいません。

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