第13話 命の価値

 まず、例の馬のモンスター。これは希望的観測かもしれないが、戦闘力自体は勝利が困難なほど高くはないと思っている。

 対策すべき点としては、速度に物を言わせたヒットアンドアウェイ戦法に対し、俺の銃やセムの吐息が機能しない可能性がある点。

 速度がラビウルフ以上、身体もラビウルフ以上。であるならば、その運動量は確実にラビウルフのそれを凌駕するだろう。ならば、単純な突進であっても回避以外は愚策となる可能性がある。つまり、敵の動きを止める手段がこちらに存在しない点。この二点である。


 この二点は、どちらかの対策がもう片方の対策となり得るため、実質的な問題提起は一つだけ。ただ、この一つがこの上なく重い。案としては、


・怪我を覚悟で突進を受け止める

→致命傷となる可能性、別の敵に馬もろともにやられる可能性あり

・罠を仕掛ける

→そもそも具体的なビジョンがない。罠を仕掛ける前に接敵する可能性あり

・隠れながら進む

→水源を確保するという目的を達成できない。接敵した場合に打てる手段がないため、現実味なし

・吐息を散布し、安全領域を作りながら進む。

→誘いの吐息が有効だった場合、少なくともQクイーンの発動時間は安全。有効でなかった場合、自身にのみ不利な領域を増やすことに。

・マーチ、ラビウルフたちによる連携

→五体しかいないため、包囲して確実に仕留めることはできないと思われる。また、逃がした敵が複数体を伴って戻った場合、きわめて危険。


 このあたりか。今のところの本命は、背後に誘いの吐息による催眠領域を作っておき、その耐性を維持しながら水源まで向かう、だ。理由としては、セムの吐息が、俺の持つ武器の中で最も信頼度が高いことがまず挙げられるだろう。ここまでセムの吐息が効かなかった相手と言えば、既に別モンスターの支配下にあったラビウルフのみ。その性質上、空気の動きを発生させる敵に対しては効果は薄かろうが、件の馬型モンスターに関して言えば、おそらく効くであろうという根拠のない自信があった。

 

 さらに言えば、敵が運動量に物を言わせた突進という、単純ゆえに恐ろしい攻撃をしてきた場合、横方向へ回避できたならば、敵はそのまま慣性に従い、罠と化した催眠領域に飛び込むだろうという点も魅力的だ。この作戦の次に採用を検討していた、怪我を覚悟で受け止めるという作戦が同時に運用可能というメリットもある。実行する価値は、少なくとも彼の脳内では十分にあった。


******

 

 命とは、生まれながらにして全生命が持つ、原初の貨幣である。であるならば、命の価値を正しく理解し、それ以上の価値を持つ者を前に、掛け金として宣言ベットできる人間は、何かを成し得る人間である。


 彼は、自身の命の価値を正しく理解してはいなかった。否、命の絶対的価値を知らなかったというべきか。しかし、彼は命の相対的評価ができる人間だった。彼にとって、まさに今は命の賭け時だった。水がなければ生きられない体に生まれた以上、ここで逃げれば自分の夢が遠のくと、心も頭も理解していた。


******


「……作戦は以上だ。ラビウルフたちは、敵の逃走経路の遮断が仕事になる。できれば情報だけでも登録したいし、何より仲間を引き連れて戻るなんてことがあると面倒だからだ。が、これは命がけで遂行するほどの重要性はない。理解したか?では、行動開始。」


 ダンジョンを進む。最後尾を行くセムがかなり濃い吐息を吐き、退路を塞ぐ。奇策と呼ばれる背水の陣は、非現実たるダンジョンにおいては現実的な策であった。


 角を曲がるごとに、一歩進むごとに、その足取りは慎重になり、対照的にその息遣いは荒くなっていく。あまりにも遠く感じた途の先で、彼はついに、その姿をとらえた。

 

 それは、まるで一枚の絵画のようであった。水辺に生い茂った植物と、優雅に水を飲む気高き白馬。その非現実的で、幻想的な光景は、その視界の端に映る、オアシスを巡る競争に敗れたのであろう死体の群れによって、くっきりとその明暗を表現していた。中世の貴族社会のメタファーであるかのような情景に、俺はしばし呼吸を忘れた。


 その時間は無限に引き延ばされ、そこに存在する感情もその濃度を薄くする。そんな時間は、蛇口についた水滴が、表面張力によって永遠にそこに存在すると思われたそれが不意にぽたりと落ちるように、唐突な終わりを迎えた。

 満足したのか、水辺を去ろうとするその白馬の姿を見て、正気に戻る。状態異常とでも言われたほうがまだ納得できるほどの感情の喪失の直後ではあったが、その指示はつっかえなく喉から出た。


「近衛たちは進路をふさげ!」


 ラビウルフは、確かにその速度で白馬に劣るのかもしれない。確かめたことがないので確かなのかは不明だが、しかし俺は、ではなくであれば、ラビウルフは勝っていると思っている。俺にそう確信させるほどに、ラビウルフの体構造は瞬発性に長けているのだから。


 突然のことに驚き、身体が硬直していた白馬は、思うように体が動くようになった時にはすでに進路がないことを悟った。三つあった水辺の出口は、ラビウルフと謎の直立生物に阻まれている。どこかを突破しなければならない。ならば、一番貧弱そうなあの生物が狙い目だと、おそらく白馬はそう感じていた。






―――――あとがき

 白馬っていいですよね。白という色は簡単に汚れてしまうからこそ、そこに価値が宿ると私は思うわけです。馬は、人類の歴史において重大な役割を果たし、まさに発展の象徴であるとは個人的な主張ですが、それゆえに、馬のモンスターは早い段階で主人公と関わらせたいと思っていました。

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