第12話 インフレーション

「ウォーーーフ!」


 先行したラビウルフが吠える。先行した彼にマーチが出した指示は主に二つ。敵を見つけたならば、速やかに、発見されることなく撤退せよ。それ叶わぬと予想される場合、迅速に伝達し、その後、カードに還ること。

 そのすぐ後に、カードに還った一人の近衛がカードホルダーをめがけて飛んでくる。それはつまり、少なくともラビウルフを超える速度を持ったモンスターが、さらに言えばラビウルフ程度であれば発見できる警戒心を持ったモンスターが、その視界の奥に存在することを示していた。


「即時撤退する。セムはこの通路に、吐息を残しながら退却だ。」


 ラビウルフの最高速度を知っているわけではないが、少なくとも能力アビリティとして表示される程度にはその速度は保証されている。確実に、俺やセムよりは速かろう。つまりは、接敵すれば、こちらは逃げられず、あちらは逃げ放題の不条理が発生するということである。どの程度引けば問題ないかわからないため、ひとまずは角を二つ曲がったところまで、静かに走るという条件下での最速をして、俺たちは撤退することとなった。


******


「さて、まずは…ハートの近衛兵顕現。」


 まずは、実際に遭遇したラビウルフに敵の情報を聞かねばならない。敵の外見や周辺地形。どこまで情報が得られるかは分からないが、得られる情報を無視して行う行軍は冒険とは言わない。人はそれを、匹夫の勇と呼ぶのだ。冒険譚とは、身の程知らずな者の物語ではない。身の程を知り、それでもなお挑んだ者の物語である。


「ふむふむ。…なるほど。……なにっ!?それは朗報だな。ほかには…。」


 もはや信じて疑わなくなった謎コミュニケーション。その結果、


・敵はウマ型モンスターであるらしいということ。

・その他にも敵が存在する可能性もあること。

・ラビウルフよりも体格が大きく、その歩幅の大きさも相まって、速度では敵わない可能性を考えたらしいこと。

・そのウマ型モンスターは草食らしいこと。

・水源と、そばに生えた草を発見したこと。


 がわかった。

 まずこちらにとって好都合なこと。これは、なんと言っても水源、植物があったことだろう。

 次に、新たに増えた謎。これは、モンスターも食事をするということ。この場合、食事をしないマーチやラビウルフ、セムは、もともとそのようなモンスターなのか、はたまた登録によって性質が変わったのか。これは要検証である。登録ごとに食事が増えていくのならば、あえて登録しないという選択肢が必要になるかもしれないから。

 最後に、こちらにとって都合が悪いこと。それは、どうやらその水源は、モンスターが奪い合うオアシスであるらしいということである。


 モンスターにも食事や水分摂取が必要であるという過程のもとで考えれば、植物があり、水源があるそこは、すなわち草食モンスター、獲物の楽園であり、優れた狩場である。ならば、そこがこのダンジョンでも選りすぐりの危険地帯と言って差し支えないだろう。

 ラビウルフの出会ったウマ型モンスターも、モンスターに狩られずにそこを離脱できる速度を持つからこそ、水源を利用できるのであろうということは容易に想像できる。水源という虎の子は、モンスターのたむろする虎穴によってその地位を確固たるものにしているらしかった。


「当面の目標は、水源の確保だ。これは変わらない。また、水源という性質上、ここだけが特別危険というわけでもないだろう。ならば、ここにベースキャンプを置き、観察と検証を重ねていくしかないだろうと思うが……。お前たちはどう思う?」


「ピュイッ!!」

 

 マーチが鳴き、セムは鼻を高く掲げる。ラビウルフたちは首を下げ、女王に従う姿勢をとった。


「ならば、しばらくはここを拠点とする。ラビウルフは周囲の警戒。戦闘は極力避け、監視に注力するように。作戦が固まり次第、水源の確認に向かおうと思う。」


 さて、そんなに都合よく、作戦なんてものが立つのだろうか…。まあ、やるしかないんだがな。





―――――あとがき

 前話の最後に、誇らしげな様子のセムが描写されていました。この描写は伏線というわけではありません。その直前のシーンは、実は主人の疲労を心配したセムが、自らの判断で主人公を眠らせたというシーンでした。

 今作、「僕だけの遊戯」は、毎日午前10時の更新を目標にしていこうと思います。今後とも、拙い文章ではありますが、楽しんでいってください。

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