第10話 検証段階

 近衛の矜持は、つまりマーチを顕現している状態であれば、黒の制限ブラックジャックを事実上停止させられる能力アビリティだ。言い換えるならば、Jジャックをゼロとして扱う能力アビリティということ。これは、俺の能力の数少ない弱点の一つ、絶対的な数的不利を解消しうることを示唆する。さらに言えば、遊戯の時間ポーカー発動で仮に5枚全てが王札だった場合、圧倒的数による圧殺が可能であることも。


 しかし、ついに選択の時が来たことも事実である。つまりは、Qクイーンの自動発動を捨て、マーチを顕現させておくのか、あるいは、マーチを送還し、Qクイーンの発動が可能な状態にしておくのか。セムは、はじめの一歩を共に踏み出した相棒である。できれば送還はしたくない。が、マーチの有する数のアドバンテージは無視し難い。また、セムにやられたように、感知不能な状態異常を仕掛けてくる敵がいた場合、Qクイーンの自動発動がなければ最悪詰みとなりかねないだろう。

 つまりは、セムとQクイーンを選ぶのか。セムとマーチを選ぶのか、だ。前者であれば状態異常を使用する敵に対する耐性が上がり、後者であればそれ以外の敵への備えとなる。であれば、一つ確かめなければならないことがあるな…。


「セム。俺の指示なしに、カードに戻ることは可能か。」


 可能であれば、俺が指示すら出せない状態になっても、マーチがカードに戻ることでQクイーンを発動させ、その状況を打破できる。逆に、不可能であればその状態がすなわち詰みであり、Qクイーンの分の余白を開けておくことは必須となろう。つまり、実質的な制限は21ではなく、9となる。


「なるほど、可能なのか。……セムを顕現する。」


 セムが俺の指示なしにカードへと還ったことで、俺にとっては幸いなことに、Qクイーンの余白は必須ではなくなった。であれば。


「マーチを顕現。同時に、ハートの近衛兵三体を顕現。」

 

 それと同時に、ハートの女王の名を戴く黒のカナリアが、近衛を伴って顕現する。名前に不釣り合いなその姿を見て、俺は少し微笑ましくなった。


「マーチ。お前の仕事は近衛による先行、および俺の護衛だ。任せていいか?」


「ピピッ!」


「そうか。では頼んだ。それと、もしかりに俺が何らかの状態異常を被り、自分たちだけで状況を改善することが困難な場合、速やかにカードへ還るように。できるな?」


「ピュイッ」


 マーチはその翼で敬礼を模したポーズを取ると、そのまま俺の肩にまった。人間には聞こえないであろう周波数でもって近衛に指示を出す、小さくも愛くるしい女王は、どうやら俺の肩を住処と決めたようだった。


 ここで一つ、差し迫った問題に触れよう。持ってきた食事が、すでに半分を切った。水もまた、必要最小限にしかとってはいないが、半分ほどに減ってしまっている。食料の安定供給が欲しい。水源が欲しい。それが、今の状況である。


 しかし、食料については、今できる実験がある。つまりは、モンスターの可食性が、ラビウルフの死体をもって確かめられるのだ。仲間となったモンスターの元同僚を喰らうのは何とも気が引ける事ではあったが、残念ながらダンジョンでは、道徳は普遍の法とはなりえなかった。


「ここで、モンスターが食べられるのか実験しようと思う。今から食べてみるから、体調の変化を確認する意味も込めてここに二日ほど留まる。分かった?」


「ピィッ!」


「よし。じゃあ、もし食べられそうになかったら、マーチを送還して9 of the ♥ハートの9を使うから。そうしたらしばらく顕現できないからそのつもりでいてね。」


 ラビウルフの生肉を、手に持ったA of the ♣クラブのエースで引き裂き、申し訳程度に持っていたライターで炙った。ラビウルフが毒を持っていないことはカードの説明や能力である程度予想できるが、それでもやはり、これは一種の賭けだった。


 ただ、いくら冒険症候群たる彼であっても、命綱なしで損な賭けはしない。9 of the ♥ハートの9。解毒、状態異常回復、病の治癒。外的損傷以外のすべてを回復する飲み薬。世が世であればエリクサーとでも呼ばれていたそれの存在が、彼の背中を強く押していた。


 噛り付いたその肉は、筋が残って嚙み切れず、風味も独特で、お世辞にもうまいとは言えない代物。ただ、あくまでその味を表現するのであれば、それは確かにがした。






―――――あとがき

 こんにちは、ossowakeおすそわけです。この作品が予想以上に多くの方に読んでいただけてうれしい限りです。さて、既存のブラックジャックを基に考えた、黒の制限ブラックジャックという能力アビリティですが、21という数字がなんとも中途半端で、王札である12、13の重要性に主人公が気付き始めてからは、その顕現状況に気を配り、なんとかやりくりをしております。

 21を超えているのではないかという場合や誤字、脱字報告などは随時受け付けております。(もちろん、そのようなことがないように努力してまいります。)

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