第8話 無価値化する戦術
一方を迎撃し、撃破する。それが今回の俺の役割である。その根底には、セムを守りつつ退路を作るという目的がある。が、退路を作る目的に重きを置くのであれば、積極的に前に出て、敵を討ち倒すほうが望ましい。セムとの間に開いた距離が、セムに許された後退距離となるのだから。しかし、セムを守るという目的に目を向ければ、セムとの距離を開けることはアドリブに欠けるという点でマイナスであることもまた事実であった。
二つを加味して、俺は前者を選んだ。つまり、戦線を離した。俺とセムが離れるということは俺もまた一人で戦わねばならぬということであり、そこには幾ばくかの不安が残っていたが、しかし同時に、複数体に囲まれてなおセムを守り切れるだけの自信もなかったから。
敵にめがけて疾走しつつ、敵の姿を観察する。暗闇に溶け込むような漆黒の体躯を持つその五体の四足獣は、兎のようにピンと尖った耳を持ち、その体は狼のごとし。その尾は異様に長く、そしてその後ろ脚は、前足と比較して明らかに長かった。太く、厚く、長い後ろ脚は、ただ前の身に進む強い意志を感じさせた。その姿を見て、戦闘中であるにもかかわらず俺は思った。
―――――ぜひとも欲しい、と。
初めの一体が俺に突進し、他の四体で包囲網を形成する。一体をためらいなく犠牲とする四体と、迷いなく囮となったその一体の姿には、どこか気持ち悪さを感じさせた。しかし、その不気味さを感じる余裕は、その連携の前では存在し得なかった。
喰らいついてきた敵をその左手でかばう。鋭利に展開されたその盾は、腕を喰らおうとした敵の口腔を穿った。が、そのまま首筋をナイフが貫き、Missionの4/5が完了したときには、既にその二重の包囲網は完成していた。
「くそっ。
一度に四体を相手にすることはできないし、もしかするとセムの方に向かう個体がいるかもしれない。諸々踏まえると、セムに比べてかなり当てにくくても、やはり遠距離攻撃の手段は確保しておくべきだろう。
逆に、敵側にそこまでの知能があるのかは分からないが、さっきの戦闘を見ていれば噛みつく攻撃はしにくかろう。今最もいやな攻撃は…そうだな。横方向への移動を絡められるとこちらの銃撃は当たらないと思っていいだろう。同時に、こちらは同時に一体分の攻撃しか防げず、銃を入れても二体までしか相手取れない。今この包囲のまま、各自回避行動をとりつつ接近。これが最悪だな。
「ま、そりゃそうだよね!」
一体を囮にするほどの連携と戦術眼を持つならば、そのくらいはしてくるか。ならば、この一撃が、この弾丸が俺の未来だ。
「当たれ!!!」
敵の頭蓋を狙って打ったその一撃は、逸れはしたものの後ろ脚に的中し、当初の目的を達成する。しかし、余韻に浸る暇はない。今にもとびかかりそうな敵を極限まで鋭くした盾で貫く。裏拳のような形で振りぬいた左手の回転に振り回されながら、ここまで近ければ当たるだろうという希望的観測に基づき、もう一体に弾丸を喰らわせる。脳天に吸い込まれたその弾丸は、一体の生物を終着点へと導いた。
しかし、敵はまだ一体残っている。尊い四体の犠牲のもとにたどり着いた最後の一体は、彼の太腿に深く深く食らいついた。
「っ!!…し、かし、これで…、詰みだ!!」
太腿に食らいつかれた。言い換えよう。必ず銃弾が当たる位置に、太腿を代償に敵を捕らえた。本来、脚部を負傷した獲物はその把持力を失い、そこから致命的な一撃を行うことは不可能である。しかし、そのモンスターにとって不幸だったことは、その獲物は、把持力に依存しない武器を持った、己と同じ狩人であったということ。獲物を捕らえるときのセオリーは必ずしも狩人に適応されるとは限らないという事実であった。
『殺害可能状態にあるモンスターの存在を確認。登録しますか?対象は、カテゴリ4【未死種】、カテゴリ7【飛行可能種】、およびカテゴリ12【王種♀】に該当。最適なスートは、
「………うん?」
―――――あとがき
この話では、仮称兎狼との戦いが描かれました。本来、兎狼は武装した一般人程度であれば屠れるだけの力を持っています。この力関係を裏返したのが
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