第6話 横断歩道
ダンジョンは、数多くの分岐路と、無限にも思える有限の通路で構成される。その先は暗く、見通しなど立つはずもない。その進路は、数えられるほどしかない入り口から始まり、しかし人の数だけ存在する。人の持つ有限の時を以て、なお終着を見ないその領域は、まさに人生の具現化と言えた。
人の生は、存在する社会によってその幅を、その長さを変える。安全で、衛生的で、健康的で、科学的で。そんな社会ならば、さぞ長い人生が待つことだろう。しかし、そこには同時に社会的生物としての幅が存在する。狭く狭く、狭い幅が。
ある程度の発展を遂げた社会では、大部分の人間が安定した生活を謳歌する。それはなぜか。失敗しない方法が、常に多数派であることだからに他ならない。同時に、そんな社会には、ごくごく少数、贅の極みを謳歌する者がいる。なぜならば、成功する方法は、少数派であることだからである。であるならば、彼、佐藤英雄は、まさしく成功者たる資格を有する者になったと言えよう。
******
薄暗いダンジョンを、ただ進む。隙あらば探検をしようと用意していた懐中電灯、ライターと水、あとはなけなしの携帯食料が、今の彼の生命線と言っても過言ではなかった。しかし、感情論的にも理論的にも、入り口に戻ることは避けたかった。であるならば、今なすべきことはおのずと限られていると言えた。
「まずは、モンスターが食えるのかの確認だ。水源を見つけるか、水源となれるモンスターを登録することも必須。さらに言えば、火を起こす手段も確立したい。安全の確保を重視するならば、接近戦ができるモンスターも必要か。冒険の結果の死は許容できても、まだ見ぬナニカを見ずに終わるというのは悔しいものがあるし……。セムはどう思う?」
とは言っても、セムは話すことができない。本来は頷くなどの簡単なコミュニケーションしか取れないはずではあるが、なぜだか俺にはなんとなく言いたいことがわかる。それが能力の副次効果なのか、セムと俺だからなのか、そもそもあっているのかは分からない。が、別に合っていなくてもそこまで問題は無かろう。選択権を握っているのは、常に俺なわけだから。
「そうだな。セムは一方的な攻撃であればかなり強いわけだから、必要なのは索敵役か。しかし、最悪を想定するというのはいつの時代でも重要なことだ。どんな物語でも、頼れる兄貴分というのはそういう思考だった。セムも覚えておくといい。」
分岐路を四度ほど曲がり、五度目の角を発見したその直後、曲がった先に生物の気配を感じた。それは足音であり、何かを引きずる音であり、鳴き声であった。
懐中電灯を即座に消し、最大限の気を配って曲がり角にたどり着く。息を殺し、覗き込んだ先には、こちらに向かって歩いてくる、三体の醜悪な化物。極端な鉤鼻に不揃いな歯。不自然に鋭くとがった犬歯が口角から覗き、その顔にはいくつものイボが見られた。不清潔な古紙布を身につけ、不似合いな棍棒を牽き釣り歩くその姿は、まさしく物語に見たゴブリンであった。
「(セム。奴らをできるだけ引きつけた後、最大出力で眠らせろ。その後、即効性が薄いようであれば撤退だ。いいな?では…3、2、1)、GO!」
突如として眼前に出現した未知の敵。つまりは俺たちに驚き、判断が鈍っているであろうその瞬間に、至近距離から催眠効果を持つガスが吹き付ける。視認性を得たことによる隠密性の低さは、逆に煙幕としての有用性にも直結していた。
顕現させた
『殺害可能状態にあるモンスターの存在を確認。登録しますか?対象モンスターは、カテゴリ4【未死種】およびカテゴリ5【悪業種】に該当。最適なスートは
……悩む。非常に悩む。本来であれば、少しでも戦力が欲しい状況ではあるが、ゴブリンというのは少し魅力に欠ける。ぱっと思いつくマイナス要素だけでも、
・気持ち悪い。
・戦力としても未知数(悪く言えば弱そう)。
・【
・気持ち悪い。
四つも、いや、三つもある。特に三つめが痛い。現在判明しているカテゴリは4【未死種】、5【悪業種】、7【飛行可能種】。そのうち、未死種はおそらく枠が広い。言い換えると、選択肢が多いはず。4や5を使ってまで1/91をゴブリンにする必要はあるのか。否。断じて否である。誰がなんと言おうと、たとえ天地がひっくり返ったとしても、依然として解答は否である。
「登録しない。」
『アクションを確認。対象モンスターのデータを取得しますか?この操作によって、対象モンスターは死亡し、その後消滅します。』
ほほう。そんな機能もあるのか。いやはや便利。死体は実験したいこともあるが、まあ三体もいるし。
「取得。」
『アクションを確認。データ取得。』
セムの時と同じように、カードが戻り、一枚が飛んでいく。今度は能力確認用紙と化していたジョーカーだ。ジョーカーからリボルバーが出現し、宙に浮いたまま引き金が引かれる。ただ三発の銃弾で死に至らしめられたゴブリンは、三体とも、溶けるように消えていった。
「へっ?」
―――――あとがき
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