第4話 クロにもシロにもナレルモノ

 仮称バクとは、対象を昏睡状態たらしめること、ただ、その一点に特化したモンスターである。毒々しい見た目の吐息も、その効果はただ睡魔を誘うだけのものであり、その後の危険を考慮しなければ、害獣というよりはむしろ益獣たりある存在であった。そして、その唯一の武器である能力が無効化される以上、敵対者の不慣れさを加味したとして、それでもなお、それは戦闘たりえなかった。


 実際、Q of the ♥ハートのクイーンの効果を利用し、強引な攻撃をしたとすれば、ものの数分で勝負は決着へとたどり着いただろう。結果論ではあるが、仮称バクとは、それほどに脆弱なモンスターであったのである。


******


 毒々しい吐息に十分すぎるほど警戒し、しかし、スペードを引いたことにより、敵の攻撃範囲外からの攻撃手段を持っている。A of the ♠スペードのエースが対応する武器は、ただただシンプルなリボルバー。豪華な意匠はなく、唯一持つ力は《弾丸の生成》。人間の技術で代替できる、そんな能力。しかし、こと継戦能力に関して言えば、間違いなく一級品の武器である。

 撃鉄を起こし、狙いを定め、引き金を引く。距離を取り、撃鉄を起こし、狙いを定め、また引き金を引く。反動や手元のブレで、はじめはまともに命中しなかった銃弾ではあったが、それでも分かったことがある。すなわち……、


 「こいつ、さては弱いな?」


 その推測は、一発の銃弾が命中したとき、確信となった。ただ一発の銃弾で、その皮膚は貫かれ、その体躯からは血が流れた。碌な攻撃手段を持たず、移動速度も、数分で素人が銃弾を当てられるレベル。防御力は人間並みで、まさしくモンスター。この状況は、特化型モンスターの脆弱性の露呈と言えた。


 流血するモンスターを観察していると、徐々にその吐息が弱まっていく。その様子はブラフとは思えず、死の間際であがく、一つの生命を感じさせた。


「これが演技だったら、お前は俺より人間らしいよ。」


 近づきながらつぶやく。目を合わせたまま距離だけが縮まり、初めて吐息の中に踏み込む。Q of the ♥ハートのクイーンが発動し、バクの吐息を無効化すると、バクは観念したかのように息を止め、その鼻をそっと下げた。


『服従状態のモンスターの存在を確認。遊戯の時間ポーカーの使用を停止し、登録しますか?対象モンスターはカテゴリ4【未死種】およびカテゴリ7【飛行可能種】に該当。最適なスートは、グレーです。』


「登録を開始。使用するカードは、7 of the ▲グレーの7。」


『アクションを確認。登録開始。』


 リボルバーはカードへ戻り、手元にあったすべてのカードが、いつの間にやら装着されていた太もものカードケースへと入り込む。その後、一枚のカードがバクのもとへと飛んでいき、触れると同時にその体の全てを飲み込んだ。


『登録完了。固有名称を設定しますか?』


「ああ。名前は、……そうだな。セムにしよう。」


『設定終了。全フェーズの消化を確認。テーブルクローズ。』


 手元に飛来したカードには、相変わらず7 of the ▲グレーの7の模様。しかし、その模様は思念と共に切り替わり、セムの個体情報となる。


******


種族名:バク(28属)

固有名称:セム

カテゴリ:【未死種(4)】【飛行可能種(7)】

能力アビリティ

・誘いの吐息

 眠気を催すガスを放出する。即効性をコントロールできるが、即効性を高めるほど視認性が上昇する。


*バク

 睡眠中、生物は一切の能動的行動を禁止される。つまり、依然生物的に生存状態にありながら、概念的に死亡状態になる。つまり、必要以上の睡眠は、寿命を減らすことと概念的な相似性を有する。バクとは、生物に概念的な死を付与することで、その寿命を自らのものとするモンスターである。眠らせること自体が目的であるため、睡眠中バクから危害を受けることはほぼない。そのため、ダンジョン内で生を享けながら、非危険生物としてダンジョン外へ出ることを、数少ないモンスターの一つである。


******


 さて、今この状況を鑑みれば、

・奇しくも監視役となっていた自衛隊員は昏睡中。

・安全地帯と思われたエリアにバクが侵入した理由は判明。

 →現在の自衛隊員の安全度は低くはない。

・自身の能力が把握できている。


 であれば、もう何を迷う必要があろうか。死んだらそこまで、待ったなし。いざ往かん。未知なる大地へ!



 …ただ、心配させても悪いから、置手紙だけは残していこう。





―――――あとがき

 REM睡眠、ノンREM睡眠という言葉は、聞きなじみのある方も多いでしょう。この言葉は、睡眠中、眠りの深さを眼球の動き方で測定したことに由来します。つまり、Rapid Eye Movementの頭文字を取っているわけです。セムは、敵を深い眠りに誘うモンスターなわけですから、Stopper of Eye Movementsの頭文字から命名しました。

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