幕間:ある空き巣の日記 散文 ①


 ビートルズの曲にこんなのがある。


[TAXMAN]

『あなたの取り分が1、私が19です

 なぜなら私はタックスマン

 そう、私はタックスマンなのです』


 馬鹿みたいな歌詞だ。だが、ユーモアがある。

 で、こんな風に続く。


『5%では少な過ぎるとお思いですね?

 全部とられないだけでも感謝しなさい

 なぜなら私はタックスマン

 そう、私はタックスマンなのです』


 正しく、的を得ている。夜柝市のタックス・マンズそのものだ。


 さて、何でこんな事を日記に書いているかといえば、例の団体の首領であるボネガットから面白い話を聞いたからだ。

 “live ware”の件で、俺が随分前に盗ってきた書類があった。その件に関して漸く情勢が落ち着いたらしい。何でも、俺の盗みに協力した奴が連合会議の常任理事メンバーに選出されたというのだ。


 これで、タックス・マンズにはいかな連合会議でも手出しが出来ないというわけである。


 全く、歌詞の謳う通り。奴等はタックスマンだ。絞れるだけ絞って行く。道路から、椅子から、熱から、あんたの足から。そして、ある一つの過ちから限界まで搾り取って行く。


 ただ、良い話ばかりではない。一連の事件の実行犯である俺が、連合会議の一部に狙われているらしい。何でも、俺が組織に正式に加入してないからだそうだ。程の良い八つ当たり先に認定されたという訳だ。


 人事名簿に名前が無いだけで仲間外れにされる、なんてナシだよな。


 ボネガットには、正式に加入しないかと提案された。少しは利用価値を見出してくれているようだ。まあ、それはそれとして提案を受ける訳では無いのだが…

 だってさ、下手に組織人になるとヨウカと過ごす時間が減っちゃうだろ?俺には無理だ。そもそも、性に合わないだろうしな。


 俺の意向を聞いたボネガットは口をへの字に曲げた後、品の良い笑いを浮かべていた。嘲笑とも快笑とも取れる不思議な笑みだった。

 そして、彼は俺にある一冊のファイルを寄越した。表紙にはマジックペンで『要注意』と書き殴られていた。


「コイツは?」


 俺はボネガットに問うた。ボネガットはカクテルグラスを小粋に指で弾きながら言った。


「君のタマを狙ってる連中のリストさ」


 俺もケネディやジョン・レノンの仲間入りをしたらしい。



――――――――――――――――――――――――――――――――



 FILE 機密報告≪コンフィデンシャル≫


 TAXMAN情報課ファイリング


 No.28

 対象:北村正雄  コードネーム:ワタナベ

 性別:男性 年齢:38歳 身長:169cm 体重:82㎏ 人種:モンゴロイド        

 容姿:落ちくぼんだ目。卵型の顔。活発な毛根。

 所属:ALSEC特設部隊『チャンドラーズ』




 評価:北村正雄はチャンドラーズの主要構成メンバーの一人である。また、他のチャンドラーズと比して、最も素性の知れた存在である。容姿は典型的な中年男性のものであり、あまり特殊部隊然としたものではない。安物のスーツをまとえば、唯の小太りのサラリーマンと誤認することだろう。

 しかしながら、その外見的特徴とは裏腹に相応以上の実力を有しており、数々の優秀な成果を成している。全てを俯瞰して判断すると、奇襲、暗殺、直接戦闘全般に秀でた要注意対象である。


 主要な成果として挙げられるのは、以下のとおりである。



 1:94/10/7

 景心立教会支部の薬物プラント襲撃を単独で実行。23人の構成員を射殺し、プラントを焼却。この際、集団焼身自殺と見せかける隠蔽工作を実行し、ALSECと警察はその通りに捜査、報道した。この際、異議を唱えたのはBREMSEN誌のみであった。


 2:97/5/5

 TAXMAN幹部、婆豆・ミークスの殺害を実行。夜柝市繁華街ラブホテル“おとぎの国”前で、22口径の拳銃で婆豆を射殺した。その後、逃走を開始。ラブホテルに同道していたBREMSEN記者、緑川洋子に追跡される。北村はこれに対し、ルガーMK.Ⅱと思われる22口径を用い応戦。結果として、乱闘になる。この際、緑川は北村に対し割れたビール瓶による殴打と切傷を加えた。後、北村は緑川の腹部に22口径を打ち込み逃走。

 緑川はTAXMAN構成員バド・オースターに救助された。


 以下、緑川の証言。

「アイツが冷酷?違う、女に甘すぎる。そう言うなら、私の方が冷酷よ。マキャベリとマザーテレサぐらい違う」



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 No.56

 対象:シド・ディータリング  コードネーム:スマイリー

 性別:女性 年齢:38歳 身長:192cm 体重:78㎏ 

 人種:アングロサクソンとモンゴロイドのハーフ        

 所属:ALSEC機動部隊『サヴェッジ』

 容姿:くすんだ金髪。横長の切れ目。面長。多くのスマイルマークの刺青(前身の至る所に散在。最も目立つのは首筋のもの。『ROBE&PERSUADER』の刻印あり)


 評価:シド・ディータリングは犯罪者上がりの機動部隊サヴェッジ構成員である。元々は名の知れた強盗団のドライバー兼射手だったが、ALSECに捕縛された際、新設の部隊であるサヴェッジのメンバーとして起用された。

 性格は端的に言って破綻している。楽観的で快楽主義的であり、英雄願望がある。NPD(自己愛性パーソナリティ障害)の懸念があり、頻繁に社内での定期健診に引っかかっていると、ALSEC内の工作員からの報告にある。また、亜硝酸アミルとコカインの中毒者であり、感情の抑制が不得手である。

 しかしながら、運転技術と射撃の腕前には特筆すべきものがあり、特定の任務において多大な成果を出している。協調性、社会性に難があるが総評としては一個人で組織に対し脅威足りえる要注意対象である。


 主な成果として挙げられるのは以下のとおりである。



 1:95/3/4

 TAXMANによる港湾事業に対する妨害行為。20㎏のプラスチック爆弾を乗せたセダンに乗り、鉄砲玉として送り込まれた。状況証拠から判断すると、この時点での雇い主は既にALSECで間違いないといえる。

 港湾部に集積してあったガスタンク群に突っ込み、誘爆させ、辺り一面を延焼させた。この際の被害総額は十数億に上り、TAXMANにとって大きな痛手となった。

 更に特筆すべきなのは、シドは爆発から生還したのみならず、港湾部からの脱出に成功した点である。多量の重火器(TEC9やGM-94が確認された)と防弾仕様のプロテクター。生来の射撃の勘。車泥棒の知識。驚異的な運転技術。それらすべてが総合的に効果を発揮した結果であるといえる。

 


―――――――――――――――――――――――――――――――—



 家に帰って、渡されたファイルを読んでいると、背後から声がした。


「容姿の表現に“毛根は活発”って、報告書に普通は書く?」


 可愛らしい声。陽香だ。今日で五歳だ。


「書いた奴が質屋のグエン並みに剥げてたんだろ」


「逆恨みっていうんでしょ。そういうの。この間のBREMSENに書いてあったわ」

「そんなものばっかり読んでちゃ、緑川みたいになるよ。もっとこう、児童文学みたいなの読まなくちゃ」


「例えば?」


「ええと、『スローターハウス5』とか?」


「直訳すると『屠殺場五番』じゃない。それって本当に児童文学?」


「学ぶべきことは全て入っていると思うけどなぁ」


「そうなんだ。じゃあ、せっかくだし、市立図書館で聞いてみる。置いてますか?って」


「ああ、『動物農場』もいいんじゃないか?オーウェルの書いたやつ」


「どうして、そんなに動物オシなの?」


「獣は嘘をつかないからだよ。欺きはするけど、そこに悪意はないと思うし、ヒトよりよっぽどマシだよ」


「チンパンジーとシャチは得物をいたぶるって、この間、本で読んだけど?」


「じゃあ、チンパンジーとシャチの出てこない本を読むといい。社会と一緒さ。嫌なものから時には目を逸らさないと、やってられないよ」


「ALSECのフーヴァーみたいな奴ら?」


「TAXMANのボネガット、BREMSENの緑川、君の実父。そして、何処にも所属してないおれ自身も、全てが目を背けてしかるべき存在さ」


「貴方はそんな人じゃない」


「いや、そうさ。俺みたいな奴がいなくても社会は廻るが、近所のスーパーで働いている店員がいなくなると、ちょっとばかし社会にひずみが生じる。気づかぬまま治っちゃうもんだが、確かに彼は責務を果たしていたんだ」


「貴方がいなくなると私が困るんだけど・・・」


「有難う陽香。でも、“貴方”って呼ぶのはやめにしないか?“おじさん”で良いだろ」


「一人の女として、人間として、認めてくれないの?」


「そういう事を言ってるんじゃないんだ。陽香がもう五歳っていうのも分かっているし、とても聡明なことも知ってる。でもな。なんかこう、“貴方”なんて呼ばれると、首の後ろを掻きたい気分にさせられるんだ」


「 分かった。“貴方”」


「勘弁してくれ…」



 その日の夕飯は鶏肉のグレービーソース煮込みとわかめご飯。もやし炒めだった。なんと、脈絡のないラインナップだろうか。

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