第39話:核戦争とお惣菜

 高見はスーパーマーケットのお総菜売り場を歩きながら考えていた。


 『核戦争の後はどんな感じだろうか?』


 よくあるイメージで言うなれば、つまり砂漠とオイルにまみれた崩壊世界ならば、このスーパーの惣菜コーナーこそがまさしくそうであろう。


 荒野と見紛うほどに延々と広がる展示台、お惣菜を載せたトレー。油はギトギトで、これだけあれば石油を巡って争う必要など無いのではないかと思わせる程だ。

 おまけに店内に流れる販促BGMは『this is a man』だ。ジェームス・ブラウンの余りに熱っぽい歌声は、疲れ切った頭をノックアウトするのに十二分な代物だ。


 此処は“ビッグ・スリープ・マート”。夜柝市のダウンタウンの入り口付近にそびえる大型量販店。連合会議の一人が大株主を務めている。

 当たり前のことだが、このスーパーマーケットには常に人が溢れている。腐るほどにだ。


 ショッピングカートの車輪の音が小刻みになり、人々がプラスチックの包装を手に取るガサリという音が囁き声のように反響している。

 

 真田への取材は、結果として六時過ぎまで続いた。高見の生来の悪ノリが発言してしまったのだ。発作のように、それは高見に襲い掛かり、キレさせ、押し流し、善かれ悪しかれ、手に負えないまでにどうにかしてしまう。


 特大のフライドチキンをダイナーで拵えたのも、恐らくそれが原因だ。


 ただ、その発作のせいで真田へのインタビューは散々なものとなった。帰りの車の中で、録音内容を聞きなおしてみた所、自身の顔面はまさしく蒼白と化した。明日には、隈がまた一段とひどくなりそうだ。

 それでも、結果を編集長に伝えないわけにはいかない。江川崎の録音も含めて、緑川のパソコンへと送信した。


 どうなることかと、息を殺して運転していた。そして、送信から十分と待たずに、電話が鳴った。スマートフォンのスピーカー機能をオンにして、電話に出る。

 会話は一瞬で終わった。


「よくやったわ、新米」


 その一言だけが、呟かれた。いつもの緑川の鉄橋が軋るような掠れ声。だが、少し嬉し気だった。

 そして、電話は切れた。一言も発する暇は与えられなかった。それでも、肩の荷が崩れ落ちるのに十分な時間だ。現に、危うくハンドルを切り間違え、ガードレールに車体を擦る寸前だったのだから。


 しかし、労苦から解放されたのも束の間、スマートフォンにメッセージが来た。


 江川崎曰く、『夕食の食材買ってきて♡』


 かくして、高見は江川崎の合法的お使いを済ませることと相成った。

 お総菜コーナーに高見がいるのは、普段自炊をせずスーパーの格安お総菜で済ましているからだった。

 とはいえ、油でギトギトの酢豚やぐちゃみそのラザニアやグラタンを見ていると、余り食欲が湧いてこない。見ているだけで胃もたれしそうだ。


 江川崎の料理の腕に掛けてみる方が良いだろう。現に、あのタコスは上手かったわけだ。信用に値する。そう判断し、メッセージに添付されていた食品を適当にカゴに放り込み、追加で幾らかのアサヒビールを押し込んだ。


 そして、レジに向かう。


 レジは広大で、それに比する客の数は少なかった。治水工事したての水路ばりに順調に流れていく。二分と待たずに、高見の番となる。

 緑色のポリ塩化ビニル製エプロンを付けた店員が死んだ魚の目で商品を捌いていく。商品を鷲掴み、パーコードを読み取り、右のかごへ。

 映画のシーンを思い出させた。


 容疑者の頭を打ち抜いていく秘密警察の拳銃がブローバックするシーン。

 

 レジ係と秘密警察。感情の欠如という共通項がお互いを連想させた。

 では、自動レジを導入して、何が変わるというのだろうか。有機物と麦物の差でしかないのではないか。


 そんなどうでもいいことを考えながら、両手にデカいレジ袋を引っ提げて、高見は店を出た。


 その先に、核戦争並みのトラブルが待ち受けていることも知らずに。

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