第38話:時計仕掛けのアップル


 冷たさ。光。水飛沫の感触。そして、眼前に佇む三つの影。山中が感じたものだ。


「起きたか?」廣田の心配そうな声。「死んだらコトだからな」その一言で台無しだ。


 八島の苛立ち声。


「いいか?田上。私は負けちゃいねぇ」


 田上が淡々と述べる。

「いや、お前の負けだ。廣田の奴が下で待ち受けてなけりゃ、山中は死んでた。“参りました”と言わせる権利を自分で放り捨てたも同然だ。それじゃあ、負けか良くて引き分けだ。それも、ロッキー2でアポロが世間から受けてたレベルの非難轟々ものだ」


「アレだって、アポロが一応勝ってただろ」 


 喧しい女達の言い合いが聞こえて来る。山中はゆっくりと目を見開き、起き上がる。三人の視線が此方を向く。


「引き分けでいいさ。アイツらに手を出さないんならな」

 

 山中は顔面に着いた水滴をぬぐいながら言った。


「余裕風を吹かしやがって…」


 八島は忌々しげに悪態をつく、スニーカーを苛立たしげに踏み鳴らす。長考する。


「なあ、此処は一つ引き分けで終わらせてみないかい?」

 

 廣田がわざとらしくネクタイを直しながら言う。


「お互いに一つずつお願いを聞くという事でね」


「それじゃあ、唯の堂々巡りになるぞ?」


 田上が言った。

 

 山中が言う。「アイツらに手出しさせない。それだけは譲れない」


 八島が叫ぶ。「さっさと美人局を用意しないといけなねぇんだよ!それもとびっきりの上玉のJKのな!」

 

 田上が、ほれ見ろとでも言うように廣田を睨んだ。


 廣田が勿体ぶって返答する。

「まあ、待て。二人の主張に何一つ矛盾はないのさ。八島君は美人局が必要で、それは女子高生が大好きな誰かさんを嵌めるため。別段、必ずしも山中君の彼女である必要はない。一方、山中君は仲間に手を出して欲しくないと言うのが唯一の望みだ。しかも、それさえ守れば彼自身のことはどうでも良いと言う。何を悩む事がある?」


「どうやったら、DKがJKになるって言うんだ?」

 

 田上が聞いた。八島はまだ黙りこくっている。


 廣田がすかさず答える。


「彼はこの通り器量は良い。言い寄って来る女はごまんといるだろうさ。適当な女を期限付きで見繕わせれば良い」


八島はスニーカーで床を叩くのを止め、言った。


「それも良いな」


 コートの下から携帯を取り出す。


「だが、もっと最高で、鬱憤の晴れる方法もある。」


 ジロリと山中の顔を見つめる。


 山中の決意に満ちた断言。「何だ?気持ち悪い顔しやがって。何と言おうがアイツに娼婦の真似事なんざさせねぇ」


 山中は続けた。


「だが、それ以外なら何だって俺がやってやる」


「言ったな?言いやがったな?何でもやるってな」


 八島がいやらしい笑みを浮かべる。真田にも引けを取らない。そのまま、携帯で電話をかけ始めた。


 田上が言った。

「斡旋以外にコイツに何をやらせるつもりだ?」

 


 手中の携帯から鳴り響くコール音と共に、八島は歌う様に返答した。


「コイツ自身に娼婦になって貰うのさ、ベイビー」


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