第16話:ASSAULT & TALKS
夜柝市に市長はいない。代わりに企業連合会議がある。
全てがグル。全てはビジネス街の会議室で決定される。判決も、プライバシーも、給料も、人権も、自由も、何もかもが決定される。
江川崎はその中枢の大通りを歩いていく。悪趣味なリュックサックはからっていない。安っぽいカチューシャもつけていない。
黒のトラウザースーツ。緋色のシャツ。黒いネクタイ。黒のオックスフォード。そして、物々しいブリーフケース。まるっきりの別人の装い。
オフィスビルに入る。“Live wears“と黄緑色のポップ体で書かれた看板が日に照らされている。信頼感を押し売りする雰囲気が溢れ出ていた。人材派遣会社、保険会社にありふれた雰囲気。
カウンターの受付係が言う。
「ご用件は?」
「ディック・ストンパーナードと面会したいの。」
「アポは?」
「“8日に口約束をした奴だ”って伝えて。一字一句そのまま。」
受付係は無表情に受話器を取る。気にする様子もない。
「ストンパーナード部長。お客様が....」
受話器の向こうからの怒鳴り声が聞こえる。受付係は耳を離す。顔を顰める。声が止み、受話器を再び耳に当てる。
「はあ、申し訳ありません。ですが、“8日に約束をした奴”がいらしてますよ。」
受話器の向こうからの受話器を叩きつける音。受付係もそれに倣った。そして、うんざりした顔で此方を見て言った。
「誠に残念ですが、面会は無理のようです。」
「そう、じゃあね。」
そのままエレベーターに歩み出す。受付係はそれを止めもせず仕事に戻る。Bremsenのクロスワードを解きながら来客を待つだけの仕事に。
セキュリティゲートにIDを提示し、エレベーターに乗る。周囲の人間は誰も気にしない。頭は株価と仕事と風俗のことでいっぱいで、他者の不幸など気にしない。
エレベーターは音も立てずに動き出す。18階で止まる。ドアが開く。改装中で壁には剥き出しのビニールが張られている箇所がちらほらある。
フロアの突き当たりまで行く。第三会議室。目的地。商談場所。何食わぬ顔で中に入る。
部屋の中には1人の男。高そうなネクタイ。気取ったスーツ。クルーカットのハンサムなイタリー野郎。“live ware”人事部部長。ディック・ストンパーナード。
ディックは脂汗を浮かべながら言った。
「言われた通り、手は回した。人材派遣事業部の奴らに言ってやったよ。さっさと手筈を整えろ! じゃなきゃ、採石場の石の下に左遷してやるぞってな」
ディックは捲し立てる。息切れする。目が据わっている。
「しょっ書類はここに揃ってる。あとは送るだけだった。なのにっなの...」
ディックは息を詰まらせる。私は黙って聞く。
「何だってわざわざ来たんだ‼︎」
江川崎は口を結ぶ。暫しの沈黙。
「俺は、お前に、タマを握られてるんだぞ⁉︎ お前が真田を相手にしてようが、抵抗できるわけがないんだ‼︎」
ディックは絶叫する。ネクタイがずれる。涎が頬をつたう。目を剥く。
「確かにそうね。」
江川崎は口を開いた。ディックは気圧される。ぎこちなく頷く。
「そうだ、俺はしっかりと用意したんだ! 俺は言われた通りやった。」
江川崎は笑った。コメディ番組の効果音のような笑い声。
「“言われた通りやった”ね。奴に“言われなくとも”の間違いじゃない?」
江川崎はブリーフケースのボタンを外した。写真付きの書類が覗く。ダイナーを襲ったライダーの顔写真がディックを睨みつける。
ディックの顔が引き攣る。ポケットに手を突っ込む。何かのスイッチの音。
会議室の控え室の扉が開く。男達が駆け込んでくる。周囲を包囲する。三人。合金製警棒持ちが二人。もう一人はモスバーグM500ショットガン。揃いのフラックジャケット。“ALSEC”のプリント。
ディックは興奮気味に笑った。ハイになっていた。鼻には白い粉。
「アンタにタマが握られていようが、何だろうが‼︎ 奴には近づかない‼︎ この街のルールだ。連合会議の一席だぞ⁉︎ 少しは賢く生きな‼︎」
男達が動き出す。銃床を肩に当てる。警棒を振り翳す。ブチ殺そうと突っ込んでくる。
江川崎はグロック17Lを抜き放つ。ブリーフケースが吹っ飛び、醜聞の詰まった書類が舞い散る。
イカれたブザーのような音。サプレッサー。フルオート。飛び散る薬莢。射線を横に振る。体捌きで二人の正面を捉える。二人の脳漿が撒き散る。
12ゲージの発砲音。射線は重なっている。同僚だったモノの肩を吹き飛ばす。
一人が崩れ落ちる。もう一人が崩れ落ちる。その前に、江川崎はソレに飛び蹴りをかます。死体が飛ぶ。モスバーグ男に襲いかかる。
モスバーグ男のポンプする手が止まる。眼前に血みどろの後頭部が迫っていた。銃床を繰り出す。死体を横に払う。
死体は地面に叩きつけられ、代わりに前方に見えるモノ。剥き出しのデカい目。錆びた鉄釘のような赤髪。グロックの銃口。
男はモスバーグを取り落とした。両手を上に挙げた。江川崎は笑った。そして、撃った。
スカした屁のような音。男の眉間に風穴が開く。崩れ落ちる。更に三発撃った。一発が男の肩に、残りはストンパーナードの足元に。そして、弾切れ。
江川崎はグロックの弾倉を抜く。新しい弾倉を入れる。三十三発の拡張弾倉。そして、独り言のように言った。
「賢いだけじゃあ、駄目なのよ。」
江川崎はスライドを引く。薬室に9mm弾が送り込まれる。
ディックは床にへたり込んでいる。瞳孔がガン開いている。息は荒い。
「コレは私の勘だけど。貴方、真田とコンタクトは取っていないのでしょう?」
ディックは歯を軋らせた。
「思い切りの悪い貴方のことだから、決断を下したのは、私が此処にやって来てすぐってところね。自由に動かせる私兵はもう少し増やしておくべきよ。勿論、あんな非正規の連中じゃないのをね。」
江川崎はディックに歩み寄る。ディックは歯を打ち鳴らす。江川崎は銃口を向け、引き金に指をかける。
「俺は、オレはテメェヲッ.....」
「うるせぇ。喋んな。」
イカれたブザー音。薬莢と閃光の嵐。ディックの身体に穿たれてゆく穴。血煙。痙攣するヒトだったもの。
弾倉が空になる。引き金から指を離す。グロックをスーツの下のホルスターに挿す。第三会議室を後にする。監視カメラに中指を突き立てるのも忘れなかった。来た道を同じように戻る。違うのはブリーフケースを持っていないことだけ。
何食わぬ顔で受付カウンターに行く。受付係はまだクロスワードパズルを解いていた。
「終わったわ。」
受付係は迷惑そうにしながら顔を上げた。鉛筆を置いた。
「お疲れ様でした。此れが届いておりますよ。中の書類はしっかりと揃っておりますよ。良かったですね。」
カウンターの下から、ブリーフケースを取り出す。江川崎の持っていたものとは別物だ。
「有難う。落としていたのね。」
それを受け取り、自動ドアへと向かった。
「もう少し丁寧にやって下さいよ。面倒臭い......」
背後で受付係がボソリと愚痴をこぼした。
贅沢を言う奴だ。取引はしっかりと成立した筈だ。何の文句がある。ストンパーナードの上の上の更なる上の連中に話は通した。
連中の垂れたクソを発見し、その処理を代行した。張本人の処理も代行した。代わりに必要な手回しと書類を依頼した。
ストンパーナードの不正は大したものじゃなかった。少し株を売って歩いただけ。そして、其れを幾らかのALSECの連中の一部が受け取った。それだけだ。
大したことじゃない。ありふれた話。
問題は一つだけ。その株が、上の連中の虎の子だったということ。“部長”風情が撒いていいものじゃなかった。
私はそれを嗅ぎつけた。ディックを脅すのに使っていた。だが、ヤツは臆病だ。真田の件では役に立たない。実際に此方の手を噛んだ。
代替策。“Live ware”の委員会へのタレコミ。話し合い。両者の利害は一致した。
此方が手を下せば、それは弱味を与えることになる。此方は連中の厄介なネタを握っている。互いに弱味を握る。何の問題もない。
後のことは、“ALSEC”がやってくれる。連中は金さえ入れば全てを呑み込む。自社の労働者の死でもお構いなし。訓練設備の誤作動。はたまたガス管の爆発。
ディックだけが、この場で何者かに殺された。哀れな三人の警備員は、此処で死んだとすら記録されない。あらゆる手段で塗り固められる。
ビジネス街を歩いてゆく。帰りがけに、夕食の材料を買うのを忘れないようにしなければならない。
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