第17話:鯖を食うもの食われるもの ①

 2001年7月某日。ある雑誌記者とキャバ嬢の間に子が生まれた。


 ああん、なんだよ。何で日付が判然としないかだって?


 パパママどっちも、おっ死んだ上に、本人が口を閉ざしているからに決まってるだろ⁉︎ あの人、生年月日は8月8日だとしか言わないんだよ!

 だけど、その日は産声を上げた日じゃなくて、“親父”と初めて会った日なんだ。だから、私もあの人の本当の生年月日は知んないのさ。

 あと、“親父”は記者じゃないぞ。ややこしいかもしれないが、とにかく順を追って説明させてくれ。


 話を戻そう。

 二人は育児に全くといって興味が無かった。理由は単純も単純。コンドームに穴が開いていたが為に生まれた子供だったからだ。

 堕ろせよ、と思われるかもしれないが、女の方が拒否ったのさ。男共は簡単にそんなふうに言うが、命になるものをスプーンで抉り出すんだからな。堪えるものがあるのさ。悍ましさに慄くぜ。避妊はしっかりな!

 JKが知った口を聞くなって? じゃあ、アンタは独身アラサー。すっぴん女だろ。違うか? すっぴんについちゃ、私もいえたことじゃないけどね。

 怒んなよそんなに....。ごめんって。

 

 で、赤ちゃんは産まれちゃったわけだ。付けられた名前は“江川崎 陽香” 私の“姉”になる人だな。まあ、少なくとも望まれた子じゃあなかった。

 “親父”に、“ヨウカ”って名前も“八日”の変換で出来た名前かもしれないって言わせるぐらいの扱いだった。


 最初の頃は、キャバ嬢も少しは世話をしていた。何たって、赤子に乳を飲ませなきゃパイオツが張りに張って痛くてしょうがないんだからな。少しは大切にするさ。

 だけどな、暫く経って、可哀想な陽香ちゃんは育児を見事に投げ捨てられちまった。分かりやすく言えば、“飽きられた”んだ。

 バスタオルで巻かれ、哺乳瓶と一緒に放り込まれたままにされた。全自動育児マシーンだ。

 まあ、当然放っておけば死ぬ。クソもたれるし、成長だってする。生後一ヶ月に満たない赤ちゃんは遠からず死ぬ運命にあった。


 だが、そうはなってない。現に“江川崎陽香”は元気よくパパラッチとして、醜聞を掻き集めている。そして、此処からが一番良いとこだ。

 何が起こったと思う?


 母親が母性に再び目覚めたって? ギャハハハハッ!ソレ、サイコー‼︎

 一度ならず二度までも⁉︎ってやつか。面白いが不正解だ。

 

 正解はな。“ベビーシッター”がやってきたのさ。

 ん、“やってきた”っていうのは語弊があるな。“忍び込んできた”の方が正確だな。

超絶博愛的だろ⁉︎ 忍び込んでまでベビーシットしてやるなんてさ。

 そう、そうだ。この話はな。あの童話に似てるんだよ。あれ、アレだよ。仏さんが出てきて、こう何だか下らない理由で、ロクデナシを地獄から救ってやろうとするって話だ。


『蜘蛛の糸』? ああ、そうだ。そんな名前だった!私が施設にいた時にも見たことがある話だ。仏教系の話だから、辛うじて置かれていたのかな?まあ、関係無いことだな。


 それで、その話の主人公に“カンダタ”って盗賊がさ、蜘蛛を助けるんだったよな?それこそ、下らない理由で。されど、真理に触れたような理由でな。

 コレは、その童話とおんなじなのさ。空巣に入ったロクデナシ。私らの“親父”が“姉ちゃん”を助けたことはな。

 勿論、“親父”の本業はベビーシッターじゃないぞ。空巣だ。それも、超弩級の天才空巣。そして、そんな男が盗みに入った先で出くわしたのが全自動育児マシーンに入った江川崎陽香だったわけだな。

 赤子の愛らしさにイカれてしまった“親父”は親身に記者の家に通いながら“姉ちゃん”を世話した。終いには正式に記者の奴に雇われベビーシッターにまでなった。

 かくして、“姉ちゃん”は死からの、“親父”は荒んだ生き地獄からの、“蜘蛛の糸”を掴むことに成功したんだ。


 その後、赤ちゃんはすくすくと成長した。ある意味では最高、ある意味では最低の発育環境でな。

 何たって、Bremsenってのは今も昔も何も変わらず醜聞を垂れ流してた。その記者の家に積んであるものなんて、ポルノ雑誌と社会人のクソにデコレーションを加えた記事ばかりさ。低俗ケーキバイキングだね。

 超一流犯罪家庭教師と悪臭を発して止まない教材で学べばどうなるか? 昨日ご覧頂いた通り、ああなるのさ。

 

 お前が言うなって? “姉妹”だからな“姉ちゃん”を立ててやるべきだろ?


 まあ間違いなく、“愛”はあったんだろうぜ。私のそれよりはな。ただ、“愛”があるのも問題だ。“愛”の形は嘆かわしいほど千差万別だからな。

 とにかく、姉ちゃんは6歳までしっかりと成長した。七五三の関門を二つクリアしたわけだ。偉業だぜ。

 しかも、常用漢字を殆ど読めるし書ける。コンドームの使い方も知っているし、南京錠の開ける何て屁をこくようなもんさ。

 幼稚園や保育園なんて、ご大層なもんに行くことは出来なかったけど、姉ちゃんは小学校に入ることが出来た。義務教育だからね。

 そこぐらいの分別はあったわけだ。おそらくだけど、“親父”の涙ぐましい努力があったんだろうぜ。

 ん、確か、姉ちゃんの髪が赤みがかったのもこの時期だったと聞いた気がするな。

 極度経済振興法が施行されて以来、あんな髪も移民も珍しく無くなったし、かくいう私も血縁的にはこの国の人間じゃないようだけど、姉ちゃんは珍しいことに純粋なこの国の人間みたいだ。

 姉ちゃんが髪を染め始めた原因は、その.....な、あまり言いたくは無いんだが、“記者”にあるんだ。彼が姉ちゃんを汚い口を叩いたとかいう理由で洗剤の中に沈めたんだ。

 化粧に使う過酸化水素なんて目じゃ無い強力なヤツだ。姉ちゃんの髪と肌はエゲツないことになりかけた。

 家政婦代わりにまだ雇われてた“親父”は、変色した彼女の髪を慰めるつもりで褒めた。泣きながらな。


「それでも綺麗だ」って....


 だけど、姉ちゃんは何を勘違いしたのか、嬉しがって髪の色をその色に染めたままにした。今度はヘアカラーを使ってだけどな。

 綺麗なんて言われたのが初めてだったからかな? そうすれば、姉貴の“愛”にも説明がつくのかも....

 まあ、はっきりは断言できるもんじゃ無いな。

 

 あとな、“親父”は彼女を慰める一方で、怒り狂って彼を殴り飛ばした。当たり前だよな? そしても一つ当たり前なことに、“親父”は解雇された。ALSECや警察にも通報された。

 そして、親父は本職に完全復帰した。姉ちゃんは寂しがりながらも、学校へ通った。二人はよく外で会って話をし、仕事の手伝いをし、絆を深め、お小遣いを稼いだとさ。

 陽香ちゃんはすくすく成長し、今に至る。めでたしめでたし....



 とは、いかないんだよ。この話はハッピーエンドじゃない。そのことは、“親父”が今、夜柝市にいないことからも分かるだろう?

 まあ、私にとっちゃある意味、最高の結末だったということになるんだろうけどな。だけどコレも本筋には、まだまだ関係無いことだ。


 それはそうと、メシが来てるぜ。あんまり遅いもんだから、わざわざ店員が持って来てくだすったぞ。


 サバの味噌煮定食何て頼んだのか? オバサン臭いな。老化が早まるぞ。


 頼んだはずなのは、“豚カツ定食・大盛り”だって? それはそれで驚きの選択だな.....。

 だけど、私らもブザーに気づかず駄弁ってたわけだ。イーブンってことにして取り敢えず食おうぜ。な?

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