第15話:BABBLING PAST
迫り来るゾンビの群れ。ズタボロの衣服。口周りを朱に染めている。
グロック17の引き金を引いて引いて引きまくる。脳漿が飛び散る。薬莢が飛ぶ。弾倉を交換する。
更に引き金を引く。更なる脳漿。更なる閃光。更なる薬莢。
円筒型のグレネードを八島が放る。八島が照準を合わせ、撃つ。派手に吹き飛ぶ。四肢が飛ぶ。赤いドラム缶に誘爆する。
『STAGE CLEAR』のテロップが浮かぶ。
「イエエアアアアアッ‼︎やってやったぜ‼︎フ◯ッカー‼︎」
八島は薄暗いゲームの筐体の中で絶叫した。RESULT画面に表示が変わる。
結果————1021位。ケツから三十番目。
「あんまりデカい声出さないでよ、八島ちゃん。限度が有るでしょう?」
「壊滅的下手さ加減の2Pを連れて、最高難易度をクリアしたんだから!これぐらい良いだろ‼︎ 高姉ぇ⁉︎」
八島は大はしゃぎしながら言った。
「高姉ぇ呼びは勘弁して.....」
「タカネー、タカネー。ギャハハアハッ‼︎」
ドタ靴が筐体を揺らす。本当に16歳か疑わしい言動。
「ハァッ.....オモロい。腹減ったからフードコート行こうぜ。」
八島がシューティングゲームの筐体から出る。
私も大きな溜息と共に外へ出た。腰が少し痛い。このゲーム揺れすぎだ。それにグロい.....
朝食後、八島に連れられて向かったのはショッピングモール。数ヶ月前に出来たばかりだ。足は八島のCd125。私が後ろだった。16歳にニケツさせられるアラサー。何ともいえない気分になる。
「何を喰おうかなっと! 外じゃ酒は飲めないし.......ピザか。ピザがいいな! アンチョビとチリソースがたっぷりかかったやつ!」
八島はドタ靴を踏み鳴らし、信じられない速度で歩いて行く。私は必死に後を追った。
フードコートに着く。席は空いている。腕時計は11時12分を指していた。
八島はピザのチェーン店へとスキップしながら向かった。『Born to be wild 』を鼻歌で歌っていた。そこだけ見れば、可愛らしい少女だ。
一方、私は女らしさなど、かなぐり捨てて発券機に行き“豚カツ定食・大盛り”を注文した。それを定食屋の店員に渡し、呼び出しアラームと交換した。
店員は私の格好と注文に少し驚いたようだった。江川崎から借りたフライトジャケットにジーパン。目玉オ◯ジがプリントされたTシャツ。ローファー。おまけにすっぴんかつ、この目の下の隈だ。逃走中の犯罪者の様に見えた事だろう。
あの姉妹の家には、化粧用品など全く無かった。ダイナーで離すだけと思い、ポーチを持って来なかったことを深く後悔した。
私はウォーターサーバーで水を汲んでから席に座った。フードコートで昼食なんていつぶりだろう。
八島がやってくる。昨日より少しだけラフな格好。白いパーカー。ダメージジーンズ。そしてダスターコート。ジーンズの切り傷の間からは、刺青が覗いている。
八島はスプライトの入った紙コップを置き、向かいの席に座った。
私は話を切り出した。
「一つ気になるんだけどいい?八島ちゃん。」
「何?」
「どうして、私をショッピングモールになんて連れてこようと思ったの? やったことといえば、ゾンビの頭を撃つことと、バイクの雑誌を立ち読みするぐらいじゃない。私がいる必要なんて殆ど無かったような気がするのだけれど。」
「ん、そいつはね。あれだ。高姉ぇのコトが気になったからさ。」
「残念だけど、私にそっちの趣味はないの。年下も同性もね。」
「テメェの性癖なんざ、どうだっていいんだよ。オバサン。」
八島は中指を突き立てた。それも、両手で。
「じゃあ、何のこと?」
八島は急に真剣な顔つきをした。スプライトを覗き込み、数秒間、泡立つ水面を見つめ、再び顔を上げた。
「姉貴を“助けた”ってことさ。」
「困っているなら、助けるべきでしょう?違う?」
あの時は切羽詰まっていた。江川崎と私は一蓮托生の関係にあった。選択の余地は無かった。
「素晴らしき博愛精神だな、記者さん。だけど、問題はそこじゃない。アンタのモラルが高かろうが、知ったこっちゃないんだ。」
八島はスプライトを少し飲んだ。口の中で少し弄び、飲み込んだ。
「私は只、驚いてるんだ。あの人が “助けられた” どうこう言ったってことにな。あの人はそんな隙を見せたコトがねぇ。」
「一匹狼ってこと?」
「違うね。“協力する”、“協力される”ってことはある。でも、それは相互扶助だとかそういうものじゃなくて、取引なのさ。分かるだろう? “妹”だっていう私にですらそんな感じだ。」
「社会人なんて、そんなものよ。八島ちゃん。」
「あの人は度を越してるのさ。人に弱味を見せない。あらゆる手を使ってそれを防ぐ。他人の介入を許さない。だから、あの人が助けられてるところなんて、見た事がないんだ。」
「とは言ってもよ。昨日は私にエビスビールを奢ってくれたし、服も貸してくれたわ。それは助け合いにならないの?」
「アンタ、“担当”になったんだろ?立派なビジネスパートナーだ。必要な投資だよ。」
ませた少女だ。この街じゃ、このぐらいタフじゃないとやっていけないのだろうか。
「そういう言い方も出来るわね。」
私は水を一口飲んだ。
「面倒くさい奴だなぁ。実際、そうなんだよ。あの人は助けられるのが反吐を吐くほど嫌いだ。なんたって、“親父”に夜逃げを食らってるからな。人間不信に拍車がかかってるんだ。」
また出てきた。八島が“親父”と呼び、江川崎が“あの人”と呼ぶ人物。間違いなく彼が鍵だ。全てが帰結する焦点だ。
「今朝の話にも出ていたけど、その“親父”って人と江川崎さんのことを教えてくれない? 私が彼女を助けた経緯について話してあげるから。」
八島は眉間に皺を寄せた。
「おいおい、これだからジャーナリストってのは気に食わないんだ。プライバシーを何とも思っちゃいない。」
「情報の出所は秘匿されるわ。伊達にこの仕事を続けてきたわけじゃないんだから。」
八島は考え込んだ。スプライトの気泡が弾ける音だけが流れた。そして、私の目をジロリと見つめなおして言った。
「分かった。OK。取引しよう。私はアンタみたいな記者に助けられたコトがあるんだ。もしかしたら、姉ちゃんの為にもなるかもしれない。だが....」
「だが?」
八島が此方を睨みつける。袖口の刺青が咆哮する。
「あの人にこのことを言いやがったら、テメェの顔面をぐちゃぐちゃに潰してやる。ピザの上のミートソースみたいにな。」
私は全力で目を逸らさないよう努力した。
八島が目尻に皺を寄せる。破顔する。
「ブッ、ギャハハハハハハッ‼︎ジョーダンだって、ジョークだよ‼︎ 高姉ぇ‼︎ アンタと私の仲だろ?」
八島は爆笑しながら、バシバシと膝を叩く。
「ええ、そうね。冗談ね。冗談。雰囲気が明るくなったわ。」
なってないわよ。馬鹿野郎。コイツホントに17か?
「ああ、そうさ。コイツはハッピーな話さ。体のいい教訓話でもある。途中までだがな。」
八島はそう言って語り始めた。炭酸の気泡は勢いを弱め始めていた。
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