第13話:Domino spot ・Underground spot

 親父の見舞いの帰り道。反吐が出るようなものを見つけた。


 金髪の不良。派手なスカジャンを羽織ったタックス・マンズの下っ端。スカジャン野郎が半グレを嬲っている。

 足元にはハッシシのビニール袋が落ちていた。十中八九、ヤクの代金が足りなかったに違いない。


 吐き気を催すような食物連鎖。ドブネズミとアオダイショウの関係。クソだ。

 私は、ジャージを裏返しに羽織り直し、ジッパーを口元まで上げた。部活の特注品。銀から黒への転換。派手な欺瞞。誰も彼もが、銀しか見ない。裏地など気にかけない。


 ドミノスポットの布で顔を覆う—————違う。コイツこそが私の顔だ。本当の私の顔だ。恐れも脆弱さも情けも知らない私に戻るのだ。


 ポケットのブラスナックルの感触を確かめながら、路地に入る。スニーカーは音を立てない。ナックルを握り込む。

 スカジャン男が金髪男に蹴りを入れる。秀翫高校の制服が泥に塗れる。ヤンキーは身を起こそうとする。俺に気付く。目を見張る。

 スカジャン男も気付く。一瞬の当惑。そして、開き直り。ガンを飛ばしてくる。脅そうと詰め寄ってくる。男は胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。


 俺は身を縮め、避ける。男の懐に入る。男が虚をつかれる。間髪入れずに合金の拳を男の顎に叩き込む。リードアッパーカット。

 男の下顎が砕ける。体が垂直に打ち出される。俺は追い討ちをかける。リアフック。リードフック。頬骨を砕く。頬肉を裂く。血に塗れるブラスナックル。

 溝尾に更なるアッパーカット。スカジャン男が血の泡を吹き出す。体が浮く。顔面から降下する。派手に全身を打ち付ける。俺は首筋に蹴りを入れた。

 金髪男が震えている。泥の中に蹲っている。口を戦慄かせた。声は震えていた。


「ぁッアんた....ううわさぬにっなってるやつだぁだ。助けってくたのぉっ?」


 ガニ股で奴の眼前にしゃがみ込む。面を覗き込む。ドミノスポットのメッシュ越しの視界。

 奴の口には、シンナーでボロボロになった歯が生えていた。あらゆる意味でクサかった。俺は妥協しない。

 金髪が声を絞り出す。


「あああんた....お女なの...ブッッ」


 横面にフックを叩き込む。歯がへし折れる。一生、入れ歯と共に過ごせるようにしてやった。金髪男は血反吐を吐いた。悲鳴を上げた。言葉になっていない。

 金髪男は壁に縋り付く。俺はハッシシの袋を拾い、突き付ける。男が呻く。俺は袋を引きちぎる。奴の顔に撒き散らす。奴が咳き込む。

 男の胸ポケットからジッポライターを抜き取る。予想通り、持っていた。薬中の必需品だ、持っていない方がおかしい。

 俺は、倒れたスカジャン男からジャケットを剥ぎ取る。ジッポで着火する。安物のポリエチレン製の上着は派手に燃え上がる。

 燃え盛るジャケットを薬中に放る。ハッシシに引火する。服に引火する。男が火だるまになる。転げ回る。煙に包まれる。金髪が燃え上がる。

 俺はその場に立ち尽くし、それを眺めていた。

 路地の入り口側から声が響いた。


「止まれ‼︎そこを動くな‼︎」


 私は其方を振り返る。足を意識した体勢になる。いつでも跳ね飛べるようにするため。


「手を上にしろ!」


 警官が俺に叫んだ。M37エアウェイトを構えている。安全装置は外れている。撃鉄は上がっている。指は引き金の上だ。

 良い状況じゃない。俺は妥協できないのだ。だから、ブラスナックルを地面に落とした。手を上に掲げた。腰を下に落としながら...


「動くなよ‼︎動きやがったら、ぶっ放すからな‼︎」


 警官の手がワッパに伸びる。高撃ちの姿勢が崩れる。馬鹿な奴だ。

 私は腕を眼前でクロスさせ、突っ込んだ。

 発砲音。三連射。一発目が俺のジャージ袖に当たる。ケブラーのジャージが弾丸を滑らせる。腕に巻いたワイヤーが.38口径スペシャルを弾く。一発は腹を抉る。貫通はしていない。三発目は外れた。


 間合いに入る。全力の右ストレート。警官は両手でそれを防ぐ。予想外。

 警官は後ろにつんのめる。二の足を踏む。銃床を叩きつけようと振り翳す。

 俺は警官の顎目掛けて蹴りを放つ。クレセントキック。後先考えない大技。一か八か。


 風切り音を上げ、スニーカーは警官の顎に決まる。賭けに勝つ。

 警官は後ろに吹っ飛ぶ。背中を地に預ける。


 肩で息をする。警官は死んじゃいない。職務を全うしただけの男に死なれちゃ困る。コイツは俺のリストに載っていない。

 ブラスナックルを拾いに行く。ついでにジッポも拾う。腹から出血しているのが、感じられる。内臓はやられていない。

 ジッポを着火し、腹に押し付ける。肉が焼ける。血は止まる。腕に痛みが走る。青痣が出来ているのは間違いない。


 路地の更に奥へと歩き出す。


 此の街は腐っている。血の流れるドブに等しい。地の底、天の上。何処にいるかは知らないが、何処かにいやがる悪魔が冗談半分に糞で練り上げたような出来栄えだ。

 俺が求めるのは単純だ。“明確な答え”。“白か黒か”。人類史上最大の命題。“正義は何処にあらんや?”。


 俺は妥協しない。その事には、男か女かも関係ない。

 

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