第14話:アレはグロック17


「大爆笑で有耶無耶にされちゃったけどね。結局、何が貴方達が姉妹たる所以なの?」


 気取った哲学者みたいな問い方だ。自虐的にそう思った。


「育ての親が一緒なんだよな。なあ、江川姉ぇ?」


「そうともいうわね。まあ、それよりも、多少複雑だけどね。」


 江川崎が戯けたように笑う。プラスチックのスプーンを振る。私は上手くはぐらかされた気がした。


「分かったわ。他人の家庭事情を詮索するのは確かにマナー違反ね。」


 “マナー違反”。そんなものを気にしてるのは恐らく、この場で高見だけだ。


「代わりに聞かせて頂戴。八島ちゃんにも計画に参加してもらうって話だったけど、本当に良いの?」


 八島は心底不思議だという顔をした。


「良いって何がだよ?計画ならもう聞いてるぜ。昨日の夕方頃に江川姉ぇから電話が来てよぉ。正直にいうとな、高見博子さん。アンタのことも聞いてた。」


 先程のアレが全部芝居?やはり、とんでもない精神設計の姉妹だ。


「凄く気になる事をおっしゃってくださった気がするけど、話がズレるのは良くないわね。」


 自分はもしやキレ症ではないのかもしれない。高見はそう思わされた。


「私が言いたいのは、危険じゃないのかってことよ。JKじゃあ自分で自分のケツを拭けないからね。こんな、とびっきりのヤクネタに関わっちゃあいけないでしょう?」


 八島は口をへの字に曲げて言う。


「ケツぐらい自分で拭けるさ....だけど、ヤクネタってどう言う意味だ。姉ちゃん?」


 江川崎が補足する。


「危なくて割に合わない仕事のことよ。」


 八島のへの字が笑みに変わる。L&Pのスマイリーみたいな笑み。


「なんだあ。そんなのいつもの集金より遥かにマシだぜ。江川姉ぇの話じゃあ、高校行って、ヤリ◯ン探しゃあ良いんだろ?」


 八島はケロッグをかき込んだ。


「そんなの、滞納してる連中の持ち物を差し押さえる方が、よっぽど無理ゲーだね。連中、差し押さえる物なんて何一つ残っちゃいなんだからなァ。アヒャヒャヒャヒャッ‼︎」

 

 八島は頬にケロッグを溜めて捲し立てた。大爆笑した。悪魔じみた所業だ。口にモノを入れて喋るべきじゃない。


「荒事に関しては、あまり気にしてもらわなくとも結構よ。高見さん。亜紀は化け物じみて強いから。きっと悪魔にでも憑かれてるのね。」


 此方の思考を覗いているみたいな合いの手。


「姉ちゃんの頭はレ◯ター博士にやって貰ったんだよね。二面性って意味ではジキ◯の方が相応しいかもしんないけど。」


 嫌味無しで会話が成立することはないらしい。だが、嫌味の壮絶ドッジボールを敢行しているにもかかわらず、両者のボウルはケロッグのカスと牛乳の水滴だけになっていた。


「ねえ、今日はどうするつもりなの?ツテがあるとは言ってたけど、手続きとか書類とか、手回しだとか色々やることがあるんじゃないの?」


「ええ、腐る程あるわ。でも、殆ど私じゃなきゃいけない仕事だから、何か他にあったら電話して頼むわ。ん、そういえば、まだ名刺貰ってないわね。」


 ボウルを片付けながら言う江川崎。


「私にもくれない?」


 ピースサインの先を曲げるジェスチャーをする八島。

 此方もその事を完全に失念していた。が、どう考えてもダイナーでのマスクの一件が原因なのは間違いない。社交もへったくれない初対面だった。


 高見はポケットを確認するが、借り物のジャージの中に入っているわけがない。


「ごめんなさい。財布は2階に置いたままだわ。」


「そう、じゃあ私の名刺を先にあげるわ。」


 江川崎はデスクの方へ行く。引き出しを漁り始める。それを待ち構えていたかのように、八島は此方に顔を寄せた。


「ねえ、お姉さん。朝食終わったら、ちょっと付き合ってくれない?用事があるなら、別にいいけど。」


 八島は声を落として言った。


「いいけど、何をするの?こんなオバサンといても楽しくないとおもうけど。」


 八島がわざとらしく驚く。


「オバサンって言ったの引きずってる?」


 三十路女にその言葉は禁句だ。馬鹿野郎。


「分かったわ。OKよ。何なら何か奢ってあげる。大人のお姉さんとしてね。」


 コレが大人の対応だ。自分でいうのも何だが.....


「ヴァンコーシンアィンチ。準備が出来たら呼んでね。」


 ベトナム語で“有難う”の意味。どうしてベトナム語か。それを聞く前に、彼女はボウルを持って席を立った。

 眼前にはふやけたケロッグが残っている。冷えた八宝菜レベルのゲロマズ食品。私は学生時代への郷愁など、かなぐり捨ててかき込んだ。


「あった、あった。これだったら、部屋に財布を取りに行った方が早かったわね。」


 江川崎がそう言いながら戻ってくる。


「はい、コレ。いいネタが入った時とか、カメラマンが必要になったら気軽に電話してね。」


 江川崎が名刺を差し出す。黒地にピンクで江川崎と銘打たれている。存外にシンプルだ。裏返してみる。訂正。全くシンプルじゃない。

 裏面には、デフォルメされた男女が睦み合うスナップが印刷されていた。男の口から出る吹き出しには電話番号。女の吹き出しにはメアドが書いてある。ウチの雑誌の広告みたいな名刺だ。


 これを作った時の江川崎はニヤケ面だったに相違ない。


「いい名刺ね。本当に。私も2階から取ってくるわ。流しは向こうでいいのよね?」


 私はボウルを持ってソファーを立った。


「ええ、悪いわね。お客さんにそんなことさせちゃって。」

 江川崎はそう言って2階へと上がった。


「構わないわ。全くね。」


 それ以上に謝ることは色々あるんじゃないかと思った。

 高見は醜聞の詰まったファイルキャビネットの向こうにある、暖簾を潜った。中は予想通り、厨房になっていた。シンプルだが、機能的。壁にかかった鋭利なミートナイフ。馬鹿でかい中華鍋。“味覇”のラベルが貼られた一斗缶が目を引く。

 ただ、それより目を引いたのは、タコスを貪る八島の姿だった。大口を開けてがっついている。

 落ちているサランラップの数から、それが三つ目であることが分かった。


 高見は流しにボウルを置いてから言った。


「美味しい?」


 八島の視線が此方を向く。親指を突き出す。首を掻っ切る仕草をする。人差し指指で天に突き出す————解釈①:天に登る程の旨さ。解釈②:テメェなんか〇んじまえ

 ①である事を願った。


「それは良かったわ。私は2階で準備してくるから、ゆっくり食べていてね。」


 再び暖簾を潜る。2階へと向かう。金属製の階段がカンカンと音を立てる。

 2階の構造は単純だ。安モーテルのような造り。一本の長い廊下。向かい合うように配置された6つの部屋。その奥にも扉と、3階への階段がある。


 あてがわれた部屋に行く途中。開け放たれた江川崎の部屋が目に入る。


 多様な筋トレ用品。据え付けられた鉄棒。ブルース・リーの蹴るような重量級のサンドバック。種々の無線機材。醜聞の貼り付けられたボード。

 そして、ワークベンチの上に置かれた拳銃。アレは確かグロック17L。余りにも有名な拳銃。遠目からでも分かる、人殺しの道具としての重量感。並べられたブラシ。グリースの缶。モデルガンかもしれないという考えを、嘲笑うようにギラリと光る薬莢の群。


「どうかしたの?」


 三階への階段の途中に江川崎が立っていた。高見は精一杯取り繕おうとした。


「えええっと。部屋がどの部屋だったかぁ、忘れちゃったの、こう似た部屋がいくつもあるから。本当に」


「そこから向かいの二つ目よ」


「あ、有難うね」


 そそくさと退散するように、部屋に帰る。


 枕元に畳んだ上着のポケットから財布を出しながら、さっき見たモノを忘れ去ろうと奮闘した。



 

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