第11話:二日酔いの悪夢・三人分の胃もたれ
①
夢を見ている。そんなふうに知覚出来る夢は確かに有る。そして、私にはそういう夢しかない。それも全て同じ夢だ。
手首を革紐で縛り付けられ、来る日も来る日も刺青を彫り込まれる。長い青銅の針が肉を抉り、どす黒い液体を皮下に埋め込んでいく。顔の横では、黒い液体が泡立ち、流動し、煙を上げている。
安っぽいホラー映画を延々と流されているようなものだ。それに本当の痛みが伴っているだけだ。そんなものより遥かに恐ろしいのは、自分がその事を何とも思わない事だ。
自然で当たり前。朝食を食べる時、神に感謝を捧げるのと同じこと。
夢だと分かる、今だからこそ分かる事。私は縛りを引きちぎっても構わないのだ。それを教えてくれた人がいたのだ。
一人目は私にダイムノベルをくれた人。二人目は生き方を教えてくれた人。つまり、私には父親が二人いる。
連中に化け物みたいにされてしまっていても、気にかけてくれた、愛してくれた人達を知っている。
お陰で、夢は覚めるのだ。
私は革紐を引きちぎり、刺青師の頭を鷲掴む。針を奪い取り、頭骨を貫く。足枷を引きちぎり、地に降り立つ。私を縛り付けていた、木台の“脚”を引きちぎる。
眼前では、禿げきった老人が震えている。叫び散らしている。経典を振り回している。
私は私自身の信奉する経典を唱えてやる。『POP1280』からの引用。
『自分を別の野郎と混同してやがるんじゃあないのか?同じCのイニシャルのやつとさァア‼︎』
私は“脚”を振り下ろした。
②
夢の中の目覚め。私の隈の原因。悪夢。私を逃がさない過去。
私は中学校の教室にいた。見覚えのある場面だ。周囲は同級生達に囲まれている。全ては私のツケだった。
私は嫌な女の子だった。同級生どころか、下手をすれば教師連中ですら見下していた。酷いキレ症だった。私立の高い気風はこれっぽっちも私に合わなかった。
今思えば、一言だけ常に余計だったのだろう。
今、私の机の正面に立つ女は「CDをジャケ買いした」という話を延々と繰り返す奴だった。それに対して私は「CDのジャケットを気にする前に、アンタのジャケットについたフケをどうにかしろ」と悪態をついた。
右手側にいる男には、「貧乏揺すりをするなら、橋の下で段ボールにくるまりながらやれ」だか何だか言ったのだ。
その隣の奴には.....ああ.....何だったか忘れた。だが、碌でもないことを言ったのは間違いない。自業自得だったのは間違いない。
この後、私は全員に袋叩きにされ、中庭の堆肥の中を転がされるのだ。まさしく、悪夢だった。
顔に風が吹き付けるのが感じられた。窓が開いているのが見えた。カーテンが棚引いていた。遮るものは無かった。生徒すらいなかった。此処は三階。そういうことなのだろうか?
視線を机上に戻す。手元には、アルミ合金製の鋭いシャープペンシル。そういうことなのだろうか?
残念ながら、私はキレ症だったのだ.....
③
淡い光の中、浮かび上がるモノ。無精髭。量販店の服。ワキガ。困ったような顔。傷だらけの二の腕。指紋の消えた、硬く、温かい手の平。彼は私を抱き上げる。
強く、拙い歌声。
『just as long as me stand stand by you, baby, baby stand by you Oh stand by you stand by you.......... 』
『stand by me』の酷い替え歌。私の最初の記憶。この後、涙が出てくるのだろうか、笑ってしまうのだろうか。嗚呼、全てが定かではない。戻ってきはしない、夢の中........あんなことになるなら.......ければ......たのに........
夢は終わった。
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