幕間’:BIRTHDAY MILK
配管を上り、窓枠に飛び移る。2階のベランダに降り立つ。
なんてことはない。いつも通りだ。
いや、いつもより簡単かもしれない。この時間帯の“開豪地区”には人がいない。大概、共働きか、男は仕事で女はママ会でどちらも家を開けている。学生達も学校で机に向かっている。
それに加えて、ここの住人は酷く不用心だ。2階のベランダの窓に鍵をかけていない、コレじゃあ玄関を閉めていないのと同じことだ。
いつも錠を開けるのに使ってる“薄板”は必要ない。
“薄板”とは、俺の開発した錠開けの道具だ。窓の隙間から差し込み、錠を下ろすものだ。便利過ぎて特許を取ろうか模索中だ。“不用心くん一号”みたいな名前で。
俺は中に悠々と入り込んだ。
中はだだっ広く、エアコンが点けっぱなしになっていた。整理整頓の概念がないと見える。
積み上がったポルノ雑誌。Bremsen。新聞。吸い殻の山が乗った灰皿。ゴミの詰まったビニール袋。沢山のショウジョウバエ。台に乗った謎の段ボール。俺の部屋の方が幾分かマシだった。
細心の注意を払い、物色する。おそらく、此処は記者の資料部屋だ。どうしようもない記事のスクラップばかり見つかる。現金化出来そうなものは、吸い殻に埋もれたクリスタルグラスの灰皿ぐらいだった。
俺は溜息をつき、別の部屋に移ろうとした。
その時、背後で息遣いが聞こえた。心臓が跳ねた。拳銃に手を伸ばした。居直り強盗と化そうとした。
段ボール。そこから息が聞こえた。拳銃を握りしめ、中を覗いた。
黒い大きな瞳が此方を見つめている。ふっくらとした顔。柔らかそうな手足。怪訝そうな顔。茶髪。
赤子は段ボールの中に、バスタオルと哺乳瓶と一緒に放り込まれていた。糞の芳ばしい香りが漂っている。俺は無意識に拳銃をしまった。
赤子は微笑んで、「あ〜っ」と、マヌケな声を出した。
俺は立ち尽くした。そして永遠とも感じられる時間が過ぎた後。黙って哺乳瓶を取り、階下に粉ミルクと代えのオムツを探しに行った。
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