第8話:24HOURS ARE JK TIME
夜柝市のコンビニ。
犯罪者と高齢者ドライバーによるプリウスミサイルを防ぐために鉄格子が嵌められ、隙間からは二十四時間途切れる事のない煌々とした明かりが漏れ出ている。
正面の駐車場には数台の車と一台の自転車が止まり、吹き荒ぶ夜風に耐え忍んでいた。
夜の帳の向こうから、一台のバイクが走って来る。CD125。単気筒空冷エンジン。イカした排気音。ダサい山羊のステッカー。
バイクは駐車場へと入ってゆく。入口の近くに駐まる。駆動音が止む。小柄な搭乗者は地面に降り立ち、スタンドを蹴りつける。
ダスターコートを羽織った搭乗者はフルフェイスのヘルメットを脱ぎ放つ。二つに結ばれた灰色の髪が零れ落ちる。メットをバイクの横に付けたボストンバッグに放り込み、南京錠を掛けた。
「アイシ〜 ザバッドムーンライジング〜、アイシー ザトラヴルオンザ ウェイ〜 アイシ〜....」
灰色の髪を揺らし、八島亜紀は楽しそうに歌った。調子っ外れで、発音は無茶苦茶だった。ドタ靴を打ち鳴らし自動ドアを潜る。
「ドントゴー アラウンドトゥナイト ウェル イッツバウンド トゥ テイクユアライフ ゼアズバッ....」
「テレレレレンッ、テレレ↓レレレッ↑」
CCRの『Bad moon rising』のサビは入店チャイムに渡られる。
八島は黙る。自動ドアにガンをつけると、後は黙々と店内の菓子コーナーへと向かった。
「ラッシャーセー」
黄緑のポロシャツを着た店員が、まるでチャイムの一部であるかの様な棒読みで言った。店内には、私の歌う様なカビ臭いロックの代わりに、アイドルのニューアルバムがかかっていた。
コンビニブランドの菓子が並ぶ段の下に、御目当てのものはあった。ドリトス。それも、タコス味とナチョ・チーズ味の両方。
八島はそれぞれ三袋ずつ、カゴに放り込んだ。それから、ドリンククーラーの方へ行く。クーラーの冷気を感じながら、キンキンに冷えたペプシのロング缶を三本取った。カゴはほぼ満杯になった。
最後に、風呂上がりの為のアイスを物色しようと、クーラーボックスの方に顔を向けた。
そこでは、二人の同じ制服を着た女子高生が何やら話し合っていた。多少、キツ過ぎる張り詰めた雰囲気だった。制服は最近、リニューアルしたという私立高校の“秀翫高校”のものだ。
一人はピシッと制服を着こなした黒髪セミロングの女で、石竹色の髪留めで前髪を分けていた。女の私から見ても、肉感的な身体をしていた。
だが、私の身体には骨と皮と強靭な筋肉、山羊の腹の毛並みの様な生毛がある。負けてはいない。たぶん。きっと。おそらく。
もう一人は八島に近い身体付きだった。身長も同じくらいだ。
制服のシャツの上からジャージを羽織っていた。銀色の派手派手しいやつで、バックに“STG”というプリントが入っていた。髪は銑鉄の様な黒色で、オールバックに撫でつけられていた。酷く目付きが悪かった。
銀ジャージが髪留め女に言う。
「咲。さっきまで何をしてたんだ?」
咲と呼ばれた髪留め女は目を細めて笑った。
「はあ....そう言う田上さんは何を?」
田上というらしい悪趣味ジャージ女は、剣幕鋭く言った。
「質問を質問で返すな。」
芝居がかったセリフだと八島は鼻で笑いたくなった。余計なお世話だが。
一方、咲は目を細めたままだ。
「少し、塾が遅くなってしまって、夕食を他所で摂っただけだけですわ。それで、デザートでも買っていこうかと思い立ちまして、此処に来たのですけど。何か問題でも?」
田上が睨み付ける。刺し殺さんばかりの気迫。飛び出しナイフみたいな女だ。
「とぼけるな。」
咲は相手の目を見据え、微笑を崩さない。ブッダの生まれ変わりか?
八島は、彼女達の立ち話を棚の陰から聞いていた。精力剤やらコンドームやらが並べてある棚だ。ふと目に入った、“漢一本”と書かれた精力剤がBremsenの広告を思い出させた。姉譲りの野次馬精神が湧き上がってきた。
掻き回してやりたい。そう思った。棚の陰から歩み出る。何気なく連中の方へ行く。
「アンタら、シューガンの生徒?」
八島は微笑する女と睨み付ける女の間に、割って入った。
咲が不思議なものでも見る様かの様に私を見た。実際、女がする様な格好じゃなかった。
「あら、今晩は。確かに、私達は秀翫の生徒ですが、何か御用?」
「いや、こんな時間に珍しいと思ってね。それに、なんだか面白そうな話をしてたし。」
田上が不審者を見る目付きで、八島を睨み付ける。実際、私はコートの下に凶器を忍ばせた不審者で間違いなかった。
「アンタの方が、珍しい格好しているって、分かってて言ってる?」
田上は額に皺を寄せる。
「勿論。だけど、只ならぬ剣幕だったし、ここは店の中。外で話した方が良いってアドバイスに来たわけ。年長者の言う事は聞くべきじゃない?」
歳の差は分からなかったが、そう言う前提で話しを持っていく。
ジャージのポケットに手を突っ込みながら、田上は私のカゴに目をやった。
「カゴ一杯に、ドリトスとペプシを詰め込んでる奴が年上、笑わせようとしてる?」
八島はコートの裏に手を伸ばす。が、咲が割って入る。
「まあ、まあ、田上さん。この人も私達を思って言ってくれてるんだし、お会計を済ませてから話しましょう?」
八島はコートに伸ばす手を止め、田上はポケットから拳ダコだらけの手を出した。それにもかかわらず、ジャージのポケットは撓まず、下に伸びていた。中に何かが入っているのは間違いない。重い何かが。
八島は気を取り直して言った。
「よし、決まりだ。アイスでも買って、食いながら話そう。」
田上は呆れた様に言った。
「そろそろ十月も終わるぞ.....。」
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