幕間:ある空き巣の日記 2000年
1月1日
ハッピーニューイヤー。大予言は外れだ。クソッタレ。
1月2日
正月は空き巣にとっても長期休暇だ。みんな家にいるからな、当たり前だ。まあ、店舗の金庫や備品をパチれば良いわけだから、こんなことは働かない事に対する言い訳でしかない。空き巣だって休みたいのだ。
1月3日
俺が住んでいるボロいプレハブ小屋に客が来た。正月に来客なんて人生初だ。喜ばしい事なのだろう。やって来たのが、禿げ散らかした質屋のおやじなのを除けばだが....
盗品を捌いている質屋のオヤジは、単に俺と酒を飲みに来たわけではなかった。もちろん、それも目的の一つではあるが、ケツから数えて一番目ぐらいの重要度だ。
盗品の値段について話した後、質屋オヤジは切り出した。ある連中を紹介したい、だとさ。何でも、この街の顔役らしい。勿論、表じゃない方のだ。
明日の朝、迎えに来ると言っていた。
1月4日
質屋のオヤジに連れられて、正月休み真っ只中に向かったのは“白灯蛾”という名前の、如何にもボッタくってきそうなクラブだった。繁華街の奥に在り、夜柝市に来てからの数ヶ月で見つかった、唯一のそれらしい店だった。この街には、不思議とヤクザの臭いはしなかったのだ。
店内は名前に恥じぬ白さだった。大理石と石膏のみで作り上げられた店内には、樺の木の机や椅子が配され、淡い桃色の照明に仄暗く照らされていた。ロココだかココアだか知らないが、そう言った感じのシャレオツな雰囲気に少しばかしの卑猥さを混ぜた、そんな感じの店。
ただ、いくら高級でホットであるとはいっても、正月休みだ。中は当然空っぽだった。静まり返る店内のカウンターで、俺を待っているという奴と一人のバーテンがぽつんと寂しく酒を啜っていた。
俺を待っていたのは、モノクロのズートスーツを着込んだ中肉中背の男だった。マフィアを気取ったイタい奴というのが最初の印象。
俺が席に座るなり、男は飲んでいたグラスを空け、新しいのを二杯注文した。“マンハッタン”と“マティーニ”。イタい奴という評価に相応しい注文だ。
男は“ショウジ・ボネガット”と名乗った。移民らしい。肌は黄色。極度経済振興法が施行されて以来、こういう連中は珍しくも無くなった。一昔の映画では、白人の映画は白色だけ、黄色人種は黄色だけ。例外はあれど、概ねそんなものだったというのが信じられないぐらいだ。
ショウジはグラスを一口呷り、唇を湿らせてから話を始めた。
俺はテープレコーダーのスイッチを入れた。用意周到な俺の場合、こんな事は当たり前のことだ。まあ、レコーダーではなく、正しくはウォークマンだったし、“持ってきた”わけではなく、“入っぱなしにしてた”のである。もっと言えばコレも盗品だった。
そういうわけで、幸運にも容量は足り、ショウジとの会話を全てテープに取ることができた。この日記と共に保管しておけば、何時でも聞き直すことが出来るだろう。勿論、証拠としても十分だ。
この日記では本題だけ書いて置くことにする。
ショウジが言うことには、俺に“live ware”という名の保険会社に行って盗ってきて欲しいものがあるらしい。簡単な仕事だと言われた。
だが、俺は怪盗やスパイの類じゃない。唯の空巣だ。やはり、コイツはイタい奴だ。但し、実力と金が伴っている厄介なタイプだ。
2月5日
日記のマメさと空巣の手際だけが取り柄の俺だが、この一ヶ月、どちらの取り柄も存亡の危機にあった。勿論、俺の命もだ。
何が、楽な仕事だ!ふざけるな‼︎IDカードの複製品を貰ったとはいえ、正月でもお構い無しにセキュリティは厳重だし、ALSECの連中は散弾銃を担いでいやがった。ショットガンだぞ?分かるか?ショットガンをALSECのイカレポンチ共が構えてるんだぞ?
死ぬ所だった。実際、12ゲージに肩口を抉られたし、窓からも落っこちた。お陰で、命からがら逃げ出した後も傷を治しながらの逃避行だ。
ALSECの連中は検問を敷いてるし、街の外にも出れず、下水道でも何でも使って夜柝市を逃げ回る他無かった。
一ヵ月近くが経ち、皆が正月ボケから完璧に覚めきった頃。ショウジの奴が相手方と話を纏めてくれたらしい。俺の手配は取り下げられ、お天道様を仰げるようになった。感謝はしているが、もっと早くしてくれてもよかったんじゃないか、とも思う。
ともあれ、俺は生きている。次からは俺も機関銃を持って行くことにしよう。それでどうにかなるかは分からないし、そもそも何処で売ってるかも定かじゃないが....
ALSECから盗むか?いや、それじゃ本末転倒だ。命が幾つあっても足りやしない。
お金は一杯貰った。暫くは綱渡りはやめて、肩の力を抜いて過ごそう。今日はエビスビールだ。
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