幕間:ある空巣の日記 1999年

1999年


4月10日

 夜柝市へ越して来た。いや、逃げて来たという方が正しい。前の街ではやらかし過ぎた、潮時だったのだ。

 犯罪に手を染めてから、といっても、ガキの頃すぎていつからだったかサッパリ覚えていないが、移ろってばかりの人生だ。だが、今度の街は中々悪くないと思う。

 第一、警察がまるで機能していない。交番に人がいないのなんてザラだ。こんな街が存在していいのかと、空き巣の身ながら思うが、自分に不利に働かなければ何も問題はない。

 明日から仕事を始めよう。最初は物件探しからだ。もちろん俺が住む為の物件じゃない。

 今の俺に有るのは、ポケットに突っ込んだクシャクシャの万札が一枚だけだ。自分の寝床を持つには今暫くかかるだろう。



4月11日

 ビジネス街の奥にあるマンション群に狙いを定めた。登れそうなルートはいくつかあった。雨の日を待とう。



4月12日

 スリをして当面を凌ごう。幸い、夜柝市はデカイ街だ。獲物に困ることはない。



4月13日

 この街にはヤクザはいないのだろうか?

 探してみてもそれらしいガラをした奴も、看板を掲げた建物も無い。



4月14日

 警察はいない、だが胡散臭い連中がいる。警備員のような身なりをしているが、どう見ても過剰な装備を身につけている。警棒と防刃ベストをこれ見よがしに身につけ、テイザーガンを持った奴も大量にいる。

 最も驚いたのは連中の詰所だ。ガンロッカーらしき物が見えた。どう見ても長物が仕舞われているサイズだ。

 ALSECという警備会社らしい。外資系の企業のようだ。



4月15日

 嫌な予感はしていた。此処はとんでもない街だ。現代のエル・レイだ。トンプスンの小説みたいだ。刑務所の便所の水と、金持ちどものひり出した糞で出来ているような街だ。

 今日、一件高層マンションを襲おうとした。

 自慢じゃないが、俺くらいになるとそれが公衆便所だろうが、高層マンションだろうが、同じくらい簡単に入れる。

 下手をすれば、近所の餓鬼どもに騒がれないだけ高層マンションの方が楽かもしれない。

 だが、この街じゃそうはいかない。ALSECだ。アイツらはイカれてる。

 一介の警備会社に過ぎないが、警察の何倍もご厄介になりたく無い連中だ。

 俺がマンションの壁の配管に手を掛けた瞬間、奴らは飛んできやがった。コッチは一人だってのに、ご丁寧にツーマンセルでテイザーガンと警棒の完全武装だ。逃げようとはしたが、無駄だった。

 テイザーでブルブルと痙攣している所を警棒で滅多撃ちにされた。

 危うく死ぬ所だったし、現に今も死ぬ程痛い。だが、驚くべき所はそこじゃ無い。連中のその後の対応だ。

 連中は俺をフクロにした後、留置所には放り込まず、代わりにマンションの裏手のドブに放り込みやがった。勤勉なお巡りが、ありがたい存在だって思った人生で始めての瞬間だった。

 連中には情けと容赦の持ち合わせがまるでない。いつでも、何処でも、誰に対しても同様だ。

 いや、“誰に対しても”は言い過ぎだな。連中にも愛してやまないモノぐらいある。金持ちどもだ。

 この街では警察の代わりに連中が幅を利かせているのは間違いないが、根本的な問題は、どう考えてもこの街の上層階級だ。更なる快適と安全を買うために大金を払うことを選びやがったのだ。

 連中はALSECの顧客になるだけじゃ飽き足らず、ALSECのために警察の票を買ってやったに違いない。 

 最悪の企業都市で、悪徳の上に成り立つ都だ。警察はいる。裁判所もある。途方も無くデカイ警備会社すら有る。だが、全てがグル。予定調和。上面は保たれている。醜聞と悪徳は覆い隠されている。


 小説の冒頭みたいだが、つまりはそういうことだ。

         

       日記は愚痴と共に続いている.....

        





12月28日

 段々と分かってきた。この街では上手くやらなければいけない。そうすれば、何とかなる。

 知り合いも幾らか出来た。盗品を捌ける場所も分かった。全てを無かった事にしてくれるダイナーのことも知った。

 そして何より重要な事を学んだ————“考えて事を起こせ”

 この街で長生きするコツだ。

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