二人で二つ

白色野菜

二人で二つ

ごぽごぽとお湯が沸く音が部屋が響く。

 

 卓上湯沸かし器がカチリと音を立てて、自動的にオフになった。

 一体何回目の、『沸きました』だろう、お湯の量も蒸発して目減りしている気がする。

「先輩、遅いなー」

 もぞり、と制服姿の少女はパイプ椅子の上で身じろぎをする。

 いつまでたっても空かない扉から視線を逸らして、部室を見渡す。

 むき出しの蛍光灯、ガラス張りの棚に詰め込まれたよく分からない地図の資料。

 多くのスペースを棚に占領されつつも、会議机を二つ並べた程度の文芸同好会の居心地を良くしようとあれやこやと持ち込んだ私物達。

 何度も読んだ気に入りの本も、今は集中できなくて机の隅でコンビニ袋と仲良く転がっている。


随分と長い時間を過ごしたこの部室も、なんだか夕暮れの中寂しそうだ。

 

窓の外を見れば、正門前にがやがやと人混みが見える。

 卒業式の後の謝恩会も終わったのか、花を胸に付けた生徒達が保護者達と嬉しそうに話している姿がどこか遠い。

 

「女の子を待たせるなんてほんと、先輩のくせに生意気……背中とお腹がひっつきそうなんですけど」

 ぶつくさと呟きながら、それでもスマホをいじる気にもなれずカチリと湯沸かし器の電源をオンにする。

 あっという間にゴポゴポと音を立て始めたそれをぼんやりと眺めて、机に頬杖を着く

欠伸を一つ、かみ殺しながらもじりじりと遅い秒針にじれったさを覚えながらもただただ待つ。


そんな彼女の退屈を吹き飛ばすように、がらりと音を立てて扉が開いた。


 「悪い!遅くなった!!」

ぱんっ、と両手を打ち付けて、すまんと頭を下げる男子学生の姿に少女の顔色が変わっていく。

 喜びから、それを誤魔化すようにむっとして、最後には意地悪く笑う。


「本当に、待ちましたよ。あ~あ、待ちくたびれちゃったな~、意地悪な先輩はかわいそうな後輩には、天ぷらを捧げるべきだと思いません?」

「あ~……また俺は、蕎麦だけのたぬきを食えば良いのか?」

「よく分かってるじゃないですか」

 

 荒い呼吸を落ち着けながら、彼はパイプ椅子を引いて少女の正面に座った。

 ごそごそとコンビニ袋から赤いきつねと緑のたぬきを取り出すと、きつねを少女の前に置いてべりべりと蓋を開ける。


「こうして、後輩とここで飯を食うのも最後かぁ」

「……何です、いきなり?」

「いや、感慨深くてさお前が入部してきた一年間、色々あったなーって」

「そうですね、私がもう一年早く入学してればもっと先輩と過ごせたんですけど」

「それはそれで騒がしい二年間だっただろうな――って、ちゃんと唐辛子は後入れにしろよ」

「いいじゃないですか、辛いの苦手だからこうすると丁度良いんですよ……ほら、先輩は私に渡す物があるんじゃ無いですか?」

「はいはい、天ぷらを献上させて頂きます」

 緑色の容器から割り箸で取り出された天ぷらが、赤い容器の中に納められる。

 油揚げと天ぷらが重なる豪華な光景を満足げに見た後に、パキリと割り箸を割る。


「それじゃ、これは後輩からの先輩への卒業祝いって事で」

「安い卒業祝いだな」

「なんですって?!きつねの油揚げを巡って金貨千枚にも及ぶ大オークションがあったというあの逸話をまさか先輩が知らないなんて――」

「はいはいはいはい、ありがとうございますー」

うやうやしく、移動して来た油揚げをこれまた彼はハハーと頭を下げながら蕎麦の土台で受け止める。


茶番中断

 

「と、言うかさ」

「はい?」

 こぽこぽとお湯が注がれる音が響く。

 手際よく、5分でセットされたアラームを見ながら彼は言う。


「結局、何時も通り俺が油揚げのたぬきで、お前が天ぷらのきつねなのな」

「……良いじゃないですか、どうせこれも今日で食べ納めなんですから」

「また少し伸びた蕎麦を食うのか……」

「良いんですよ?こっちのうどんに合わせなくたって」

「いやぁ、どうせなら一緒に食べたいじゃん」

割り箸を重しにした蓋の隙間から湯気が立ち上る。

 一瞬、会話が切れて。

 それを惜しむように、埋めるようにまたどちらからともなく話し始める。


「今度からはさ、友達と食えよ変わり種のきつね」

「こんなの付き合ってくれるの、変わり種の先輩くらいなもんですよ……それに」

「それに?」


 視線を少しそらした少女が言う。


「それに、これは先輩との思い出の味なので。なので、先輩以外とはやらないです」


 茶化そうと、口を開いた少年は彼女の頬が夕日以外の理由で真っ赤なのに気がついて……同じく朱に染まる。

 開いた口からは意味のある言葉が零れる事は無く、羞恥の呻き声のように

 あるいはたどたどしい胸の高鳴りが音になったかのように

 かすれ声がでかけては、引っ込んでいく。


「……いっ、何時もの博識さは何処行ったんです?!!」

 耐えきれなくなった彼女がガタリと立ち上がる。

 両手で顔を覆った彼の真っ赤に染まった耳を見ながら、恥ずかしさを誤魔化すように大きな声で突っ込む。


「いや、な。俺も初めて知ったんだが……俺はどうやらアクシデントに弱いらしい」

「たまに抜き打ちで来る生活指導の先生をあんだけ口車で撃退しておいて?!」

「それはそれ、これはこれ」


気の抜けた雰囲気のまま、ピピピッと電子音が鳴り響く。

 どちらともなく、箸を取り中途半端に開けた蓋を開けきってふわりと立ち上るだしの香りに目を細める。


 ずるずると、麺を啜る音が鳴り響き

 その合間合間に、言葉が交わされる。


「美味いな」

「……そうですね」


「こんな、美味いのがもう食えないのは、嫌だな」

「……そうですか」


「また――いや、これからもずっと沢山、山のように、飽きるまで食べたい、と、思うんだがどうだろう……か」

「…………」

 ずるり、と麺が啜られる


「飽きさせる気なんてないので覚悟してください」

「それは――――楽しみだな」


 二人が去ったその部屋の机には、

 二つの空の容器が仲良く並んでいた。

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二人で二つ 白色野菜 @hakusyokuyasai

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