第8話 Aちゃんの幼少期
私が小さい頃、母は夜寝る前に必ず絵本を読んでくれた。
絵本を読む母の落ち着いた声が好きだった。
父はドライブが趣味で、週末になると私を助手席に乗せてデートをした。
海沿いを走り、近くのコンビニで私はお菓子を、父はコーヒーを買い、砂浜のベンチで並んで座っておしゃべりした。
あのときは、何を考える頭もなくて、ただの小さい子どもとして、無邪気にあるがまま存在していた。
楽しかったし、幸せだったと思う。
私が5歳になったとき、弟が生まれた。
私が成長するにつれ、だんだんと父といる時間が減って、父は弟と週末のドライブにでかけた。
「男同士、たくさん話すことがあるんじゃない?」
母は言った。
いつからだろう。私は母と、弟は父と、女同士、男同士で過ごすことが多くなった。
「あそこの家はちょっとおかしいから、あの子とはあんまり遊んじゃだめよ。」
「毎日料理するのほんと面倒だわぁ。でも、あなたも女の子なんだから、ちょっとずつ覚えていかないとね。」
「お父さんにさぁ、こんなこと言われたの。ほんとむかつく。」
母が私に話すおしゃべりは、近所の噂話、家事の大変さ、父の愚痴、だいたいこの3つだ。
最初は適当に受け流していたけれど、途中から嫌になって勉強を理由に部屋に引きこもるようになった。
小さい頃好きだった母の声も、今ではキンキンしてうるさく感じる。
母は専業主婦だから、家しか居場所がなくて世界が狭いから、日々の何気ない鬱憤を話す相手が必要だったんだと思う。
私は弟が心底羨ましかった。
父と当たり前に一緒にいられて、父の車の助手席はもう私の場所じゃなくて、弟の場所だ。
父はどんな話をするのだろう。車でかける音楽はどんなだろう。コンビニで買うコーヒーは昔買ってたのと同じままかな。
あーあ、私も男の子だったらよかったのに。
同じ屋根の下で生活していても、女と男には溝があって、私は母との間に自分で線を引いてる。
小さい頃の思い出は消えたりしないから、大切な思い出だけ持って早く家を出ようと中3の頃決意した。
闇深女子大生Aちゃん つむぎ @tu-mu-gi
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