第4話
吉田美佐子は学校からの呼び出しに駆けつけた。
娘が怪しい男に声をかけられたという事を教師から聞かされて、身も凍る思いだ。
自分も昔、おかしな男に襲われた事があるからだ。
「大丈夫? 早苗!」
「うん、ママ」
早苗は片足を引き摺りながら娘に近寄って抱きしめた。
「よかった……」
「用務員さんに助けてもらったの」
と娘が小声で言った。
「用務員さん?」
「うん」
「それが……」
と教師が口を挟んだ。
「この学校には用務員はいないんです。過去にはおりましたが、ここ数年はいないんです」
「ううん、いるもん、いつもお掃除したりしてるもん」
教師は困ったような顔で早苗を見た。
「どんな用務員さん?」
と美佐子は早苗に聞いた。
「うーん、いつも黒の長靴はいて、薄茶色い服着て……麦わら帽子かぶって」
「タオルをいつも首に巻いてる?」
と美佐子が続けると、早苗は驚いたような顔をして母親を見た。
「うん、ママ知ってるの?」
美佐子はうんうんとうなずいた。
「そっか、やっぱりずっとここで子供達を守ってくれてるんだ、用務員さん」
「ママ?」
嬉しそうに微笑む美佐子に早苗が不思議そうな顔をした。
「二十年くらい前の事なんだけど。この学校に刃物を持って入ってきて暴れたおかしな男がいてね。たくさんの子供が怪我をしたの。ママもそう。でもね、用務員さんが身体ごとママをかばってくれたの。だからママは足の怪我だけですんだの」
「ふーん。すごいね! 用務員さん!」
「そうね、早苗、夏休みが終わって学校が始まってまた用務員さんに会ったらちゃんとお礼を言ってね。ママの分も」
「うん!」
美佐子は用務員が彼女の身代わりなって亡くなった事を娘には言えなかった。
包丁のような物で滅多打ちにされ、切り刻まれ、それでも美佐子を身体の内にぎゅっと抱きしめて守ってくれた。
今でも夢にうなされ飛び起きる時がある。
しかし、美佐子を命がけで守ってくれたあの大きくて優しい用務員を思い出すと、がんばれる。あの人の分まで頑張って生きて行こうと思うのだ。
美佐子は教師に礼を言って学校を出た。
用務員の姿を探したが、大人になった自分には見えないようだ。
「ママ、用務員さんて正義の味方だね」
と早苗が少し大人びた口調で言ったので、美佐子は笑った。
「ママの事も早苗の事も助けてくれたもんね。正義の味方はみーんなを助けてくれるんだよ。格好いいね!」
「そうね。用務員さん、格好いいね」
『ケケケケ』
と何かが鳴くような声が聞こえた。 了
その男、学校用務員につき 竜月 @kasai325
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