第3話

「おや?」

 校庭の隅の焼却炉の所に誰かがいた。大人と子供に見える。

 用務員は急いでそちらの方へ二輪の台車を押して歩いて行った。熊手を乗せてあるがよくある竹ではなく、アルミ製だ。軽くて、万が一の時には武器にもなる。 

 大人は若い男で知らない奴だが、子供は見た事があった。

 お下げが可愛い三年生の女の子だ。

 様子は変だった。女の子はもじもじとした様子でうつむいていた。

 若い男は女の子の腕をぎゅっと強く掴んでいるように見えた。

「暑いねえ」

 と用務員は声をかけてみた。女の子が男を見て、

「用務員さん」

 と言った。ほっとしたような顔をしているのは間違いない。

「遊びに来たのかい?」

「ううん」

 女の子は首を振った。

「お兄ちゃんかい?」

 また首を振って否定の意を示す。

「知らない人」

「知らない人について行くなんて駄目だよ!」

 と用務員は少しきつめに言って不審な若者を睨んだ。 



「学校内は許可なく入っちゃ駄目だからね。すぐに帰りたまえ、さ、君は先生の所へ行こう、今日は三年生の先生がいるはずだから」

 と用務員は女生徒の方へ手を伸ばした。女生徒は用務員の方へ来かけたが、若い男がぐいっと乱暴に引き寄せた。女生徒の細い身体がふらっと若い男の方へ倒れかかる。

「乱暴はやめたまえ!」

 だが若い男はあくまで無視する。ちらっとも視線を寄せない。

 男

 用務員が中年の男だから馬鹿にしているのだろう。

 確かに用務員が力で争えば若い男には適わないだろう。

 だが、何があっても用務員は子供を守るのだ。 


「手を離せ!」

 と語気強く言い、用務員は若い男の方をどんっとついた。


 若い男の身体がよろけた。

 あくまでも強気でいかねばならない。

 自分を過信しているこういう若者は痛い目に合わないと分からないのだ。

 用務員は両足に力を入れて踏ん張ってから、若い男を睨みつけた。

 若い男はようやくたじろいだような表情を見せた。


『手伝おうか、おっさん』


『うけけけけ』


『次は君が人体模型だよ! 僕、ずっと身体が欲しかったんだぁ』


 顔見知りの者達が暇つぶしにやってきてはぼそぼそとつぶやいた。

 若い男の顔が急に怯えた表情に変わった。


「さ、君は職員室に行きなさい」

 と用務員が言うと女の子はさっと走り去って行った。

「さて、どうするかな。この学校で子供に悪さをするなんて到底許しておけないんだが、未遂となれば情状酌量の余地があるかな」

 と用務員が言うと、人体模型が、

『未遂じゃないよ』と煽るような事を言った。

 他の者も『有罪、有罪』とつぶやく。

『ネコモコロシタヨウダゾ』

『落ちこぼれ』

『けっけっけ』


「お前達はすぐにそうやって人間をいたぶろうとする。たいした理由もなく。この男が子供に悪さをするのが許せないという思いがあるわけでもない。ただ、面白いから。そんな風だからいつまでもくだらない存在のままでここから上へいかれないんだよ」

 困ったやつらだった。日がな一日子供を驚かして喜んでいる。

 夏が来て盆になっても、どこへも帰る場所もない哀れな連中だった。

 用務員がそう言うと浮遊霊達は怒気を含んだ様子でぷいっと何体か消えていった。 

 霊というのはやっかいで、用務員もあちこちで霊に出会うけれど、中には言葉も通じないし意志の疎通も出来ない者もいる。

 恨みや辛みで凝り固まってしまい、全てを憎んでいるだけの存在もかなりいる。

 だからこの学校にたまっている連中なぞはまだ気のいいほうだった。


 用務員の怒りのパワーのせいで若い男にも霊達が見えるようになっていた。

 怯えた様子で目を大きく見開いている。

「子供に悪さをするのはやめなさい。君はまだ若く、将来がある。つまらない事で警察の世話になって、人生を棒にふるのはばからしいだろう?」

「な、なんだよ、お前ら……」

 と若い男が言った。

 少しずつ後ずさる。

「もう二度としないと誓いなさい。そうしたら今度だけは見逃してあげるから」

「た、助けてくれ……」

「もう一度だけ聞く。もう子供に悪さはしないね?」 

「うわぁぁぁぁ」

 と若い男が悲鳴を上げ、後ろへ向いて一気に走り去った。

『ワスレモノダ』

 と一体の霊が若い男が落としたバッグを拾って放り投げた。

 どうしたはずみかぱかっと蓋が開いて、中からたくさんの何かが飛び出して宙を舞った。

 それは用務員のような中年の男でも手に取るのがはばかれるような物だった。

 幼女の下着がたくさん蝶のように舞ってから、ひらひらと地面に落ちたのだった。


 用務員は男の襟首を捕まえて引き摺り戻した。

 若い男はかなりの速さで走り去ったけれど、用務員の腕はそれよりも早かった。

 もがいてなんとか逃げだそうとする若い男を用務員は許さなかった。

 若い男は女生徒の下着を脱がせて我が物にしようとしたようだった。

「これは、許すわけにはいかないぞ!!」

 そう思った瞬間に用務員の中の何かが爆発した。

 同時に人間の悲鳴のような物が上がった。


 すすり泣くような声と、びちゃびちゃと水っぽい音、同時に鉄臭い匂いが鼻をつく。

 人間の悲鳴はだんだんと小さくなっていき、ぐちゃぐちゃ、ざりざりという音が激しくなってきた。それからぼりぼりと何かを噛み砕く音。 


「そうだ、体育館の方も見回りをしないと。浮浪者が入り込んで寝ている時があるからな」

 用務員は立ち上がり、また二輪の台車を押した。

 今日はプールの横の雑草も抜いて、ああ、シャワー室の鍵も緩んでいるから直しておくように頼まれたのだった、と頭の中の計画を巡らせながら歩いた。

 全く、忙しい。

 だが、子供達の為だと思えば少しも苦ではなかった。

 あの笑顔が見られるなら、男はいくらでも働くし、子供達を守っていく。

「さあ、忙しい、忙しい」

 



『あのおっさん、自分がまぁだ人間だって本気で思ってるのかね』

『さあねえ』

『イインジャナイ、ニンゲンウマイシ』

『おっさん、強ぇからなー。おかげでエサにありつける』

 

 その場にいた霊や妖達は無惨にも用務員に引き裂かれた人間を見下ろした。

 胴体と首を引きちぎられ、内臓は引きずり出されぐちゃぐちゃだ。

 口を裂かれて、頭蓋骨から皮が剥がれている。

 ばらばらになった人間の身体は霊や妖達が食い尽くすご馳走だった。

 明日の朝には血痕も残ってない。

『ケケケケケ』 

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