3.【終】


「お、おじちゃん……」

「っ……くそ、テメェ……!」


 痛みで顔を顰めながら、背後に立つ男を睨みつける。

 姿からして、火薬の匂いを漂わせたあのフードの男ではなかったが、ラフな格好をしたその男は不敵な笑みを浮かべ銃口を向けていた。

 撃たれた傷から流血しながらも、キリヤは少女を背中に隠し、同じく提げていたホルスターから銃を手にする。


「何が、目的だ。政治の不満か……?」

「政治の不満? んな、わけねーだろ。全部だよ全部」


 ガタガタと男の銃を持つ手が震えている。そして再び発砲すると、キリヤの髪を数本散らした。

 発砲の反動で男はふらつくも、興奮した様子で叫んだ。


「ムカつくんだよ‼︎ 何もかも‼︎ 俺より幸せそうにしやがって‼︎ 目障りなんだよ……‼︎」

「……」


 男が撃つ。それと同時に、キリヤは男の右肩を狙い撃った。男の弾は背後の扉に外れたが、キリヤの放った弾は狙い通りに右肩を貫き、男は倒れる。


「いっ、ぐ……ぎぃぃぃっ!」

「痛えか?」


 痛みで悶え転げ回る男に、キリヤは近づき見下ろす。その目は冷酷で淡々とした声で呟いた。

 

「いきなりばかすか弾を撃ち込みやがって。あの嬢ちゃんがいなければ、お前は死んでたな」

「なっ……はぁ⁉︎」


 意味がわからないと言いたげに男は睨む。キリヤは中腰になって、男の胸ぐらを掴むと耳元で凄んだ。


「俺はな。子どもの前では殺しはしない主義なんだよ。だが同時に、子どもに手を出す奴にも容赦はしねえ主義だ」

「は、はぁ……?……ぐっ⁉︎」


 男は硬直したかと思いきや、勝手に銃を持つ手が動き、銃が手から落ちる。

 その銃を奪いセーフティを掛けた後、キリヤは息を吐き立ち上がる。


「魔術は得意じゃねぇんだよな」

「な……な……」


 身体の動きを制御する魔術を掛けた事で、男はその場に仰向けになったまま動かない。

 そんな男に「そこでじっとしてろよ」と言った後、愛銃をホルスターに収め、少女の元に戻る。


「……」

「(……怖がらせたよな)」


 怯える少女に、キリヤはしゃがみ込む。目が合うと、少女はそっと手を伸ばし、キリヤの頰を撫でた。


「おじちゃん……痛くない?」

「……ああ。慣れてるからな」


 そう言うが、少女は不安そうに見つめてくる。

 傷は出血も止まり、次第に傷も塞がっていくだろう。神になった事で、治癒はとても早い。

 

「じゃ、行くぞ」

「う、うん」


 手を差し出すと、少女は手を握る。


「お、おい待て! どこへ行く⁉︎」

「……」

「無視するなぁぁぁぁ‼︎ 術を解けぇぇぇ‼︎」


男が何か喚いていたが、少女の目に入らないようにしながら、その場を後にした。



※※※



 次の日。キリヤが目を覚ますと、自宅の寝室だった。

 記憶が朧げではあるが、あの後少女は無事に両親の元に辿り着き、キリヤ自身も一応自宅まで戻ってきたのは覚えていた。

 起き上がり、サイドテーブルからスペアの腕輪を着けると、人間の姿になり身体を起こす。

 白いシーツに自分の体毛が残るのをうざったく感じながらも、欠伸をしながらベッドから立ち上がった。


「傷は癒えてるな」


 撃たれた傷は微かに傷跡だけ残して治っていた。背伸びをして、凝った肩を回して解しながらリビングへ戻ると、台所から物音がする。

 台所を覗けば、ノルドが目玉焼きを焼いて朝食の準備をしていた。


「おい」

「あ、おはよう。キリヤ。昨日は大変だったみたいだね」

「ああ。……本は無事だったか?」

「うん。無事。流石キリヤだね」


 褒められるが、疲れた表情で「しばらくは上に行かねえ」と呟き、リビングの椅子に座る。

 テレビをつければ、昨晩のニュースが流れていた。


「(死人は出なかったのか)」


 傷の大きさはあれど、死人は出ていないらしい。

 犯行理由については高層階の住人に対する妬みや不満かららしいが、警察官に囲まれ車に乗り込む犯人達の中には、昨晩会ったフードの男や撃ってきたあの男の姿もあった。


「(お、生きていたかアイツ)」


 顔色は悪かったが、手当てされたのか服の隙間から包帯が見えたが、一瞬カメラの方を怨めしそうに見た後、警察官に促されて渋々車に乗った。

 これが仮にこの階層の事件ならば、そこまでニュースにはならなかっただろうが、高層階での事件なだけに大きな話になってしまった。


「それはそうとあの嬢ちゃん。頭の傷が残らねえといいけどな」


 後あの兄弟は無事に親の元へ戻れただろうか。子ども達に関して何となく気にしていると、目の前に目玉焼きとトーストが置かれた皿が置かれる。

 サラダを作ってくると言って、ノルドが台所へ戻るのを他所に、キリヤはトーストに目玉焼きを乗せて齧り付いた。


「(子ども、か)」


 昨晩はずっとコハクの事を思い返していたが、ふと息子の事が気になった。

 

「コハクの息子……かぁ」

「何、急に」

「いや。どんな感じなんだろうなって思ってな」

「ふーん」


 ノルドと同じ父である以上、容姿はノルドにも似てるのだろうか。いや、出来ればコハクに似ていてほしい。あの男には似ないでほしい。

 そう考えているうちに、嫌悪感は薄まりパンの耳を口にした後キリヤはノルドに言った。


「名前、聞いてるか?」

「名前? コハクちゃんの息子の?」

「ああ」

「んーと、確か。フェンリル」

「フェンリル? フェンリル……か」


 名前を何度か口にした後、フッと笑いキリヤは言った。


「それ名付けたの、多分コハクだろうな」

「ん? 何で?」


 ノルドは首を傾げたが、少ししてハッとなり気付く。


「ああ。成る程。名前を決めたのはコハクちゃんかも」

「だろう?」

「しかし。あの男がよくその名前を許したもんだね」


 キリヤの名字であるフェンリスヴォルフ。それと同じ意味であるフェンリル。

 コハクがどういう気持ちでそう名付けたのか知らないが、同じ名前であるその息子に、キリヤはより興味がわいた。


「麒麟様としては俺の判断次第って事だろ? そのフェンリルって奴を受け入れるのは」

「うん。麒麟様としては入れてもいいかなって思ってはいるみたいだよ。かなり悩んではいたけども」

「そうか。……ならば、会ってやらなくもないが」

「お? マジで?」


 腕を組み、「ああ」と返事する。素気ない返事だったが、明らかにソワソワしているその様子に、ノルドはくすりと笑うと「分かったよ」と言った。


「あ、フェンリルだけでなく女の子も来るからね。部屋片付けておいてよ」

「何? 女の子? フェンリルと何の関係だ?」

「ガールフレンド」


 煙草の匂いをどうにかしないとなと考えるノルド。しかし、それを聞いたキリヤは心配そうに訊ねた。


「壁防音にした方がいいか? もしそういう仲だったら……」

「……君はたまに変わった所を気にするね」


 良くも悪くもこの地区の世界に染まっているキリヤに、ノルドは早くも不安になってきたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒い狼は悩む チカガミ @ckgm0804

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ