第2話
私が河下さんの家に住んでから二ヶ月。特に異常もなく、それなりに生活していた。この期間で料理も少し上達したし、整理整頓も前より上手くなった。周りの人との接触があるものの、「白済星羅」とは誰も気づいていない様子だった。河下さんの変装道具を借りて、名前も「程宮朝陽」(ほとみやあさひ)になった。河下さんの、いや、「程宮勇輝」(ほとみやゆうき)さんの妹設定になっている。河下さんは、程宮勇輝、と近所の人に名乗っているのだ。
「それにしてもアンタら2人が付き合うとはなぁ」
二野原さんはテーブルに肘をつけながらテレビを見て、私達に聞こえるように言った。
「んなっ、付き合ってないですよ!」
私はつい大きな声を出してしまった。二野原さんと河下さんは一瞬驚いて同時に笑いだした。
「2人とも気持ちは一緒やのに勿体ないなぁ」
「星羅が年の差だの、職業柄だの気にするからな」
そう、私と河下さんはお互い“好き”という感情を持っていた。その気持ちを知ったのは、私が家に住み着き始めてから約3週間後のことだった。河下さんの方は一目惚れだったらしい。橋の下で蹲っている時、チラッと見えた顔が綺麗だったとかなんとか。私はその気持ちを知った時、顔が赤く熱くなったのを覚えている。だけど、私と河下さんは付き合っていない。年の差、と言っても6歳差。15歳と21歳だ。そして職業柄、私と付き合っても邪魔になるだろうと思い、決意はしていない。私は河下さんのそばに居るだけで十分だった。それでも好きの感情が変わる訳では無いし、諦めた訳でもない。ただ今はその時じゃない、そう思った。こんな感情になったのは、生まれて初めて、でもなかった。小学生の時、私には好きな人が居た。付き合いたいとか、キスしたいだとかそんな感じではなく、純粋に好きという無垢な感情だった。その子とは中学生になって離れ、私は気持ちを伝えていればよかった、と本気で後悔した。だけど所詮小学生の遊び。今、そのことを思い出すと少し恥じらいがあった。
私が昔のことを思い出していると、河下さんに、おーいと声をかけられた。二野原さんは河下さんの横でくつろいでいる。正直、今この時間が、幸せに感じている。私は、どこまで共犯で、最悪なのだろうか。
「お前は一生共犯で最悪だよ」
先程の言葉が声に出ていたらしい。私は反射的に口を塞いだがもう遅い。河下さんは怒っているような、切ない顔のような、だけど少し微笑んでいる、そんな顔が私の瞳に映った。河下さんの言葉に驚いたのか二野原さんは目を丸くして河下さんの顔を見ていた。私は薄ら笑い、口を開いた。
「そうですね」
外からは最近ずっと鳴り続けている救急車のサイレンの音が聞こえた。ウーゥウーゥと鳴るサイレンは私の気持ちを揉み消してはくれない。手当すらもしてくれない。これは現実なんだと。私はその現実を受け入れ、絶望し、共犯になり、最悪になる。河下さんと同じ人間だ。だけど彼との間には小さく、だけどぶ厚い壁がある。その壁が邪魔をしている。
「違う、なぁ...」
違う。そうじゃない。別に壁なんか邪魔してない。私は、河下さんから逃げているだけなのだ。大丈夫、大丈夫、と呪文のように自分に言い聞かせ落ち着かせる。今の自分には到底意味が無いと分かっていても、こうせざるを得ない。私は、私は...
「3人でお出かけしよーや!」
二野原さんはニコッと私に笑いかけた。そしてウィンクをし、河下さんの方に顔をやった。ふと感じ、呼吸が乱れ、汗が輪郭を沿っている。私は急いでティッシュを手に取り汗を拭いた。呼吸も乱れていたのが今は正常に戻っている。二野原さんの優しさに涙が出そうになったが、堪えた。
「おい星羅、準備しろよー」
「はい」
殺し屋の恋は灰色に。 夜瀬 冬亜 @yoruse_1115
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