殺し屋の恋は灰色に。
夜瀬 冬亜
第1話
今日、私は家出をした。何故かと聞かれたら私は、現実逃避だと答えると思う。すごく辛かった、苦しかった訳では無い。ただこの世界に疲れ、飽きてしまった。
電車に揺られ、ボーとしていた。終電まで来てしまった。私は一旦電車を降り、ふらふらと適当に歩き回った。ぐぅ、とお腹がなり近くにあった河川敷の橋の下でパンを食べた。
「あれ、子供がいる...」
私が体育座りをして頭をうずくまっていたら、頭上から声をかけられた。
「お嬢さん、大丈夫ですか?もしかして家出?」
私は顔を上げると、前にいたのは黒い服を着て、マスクをつけた高身長の男だった。
「...家出」
ぽつりと呟くと男はニコッと笑い、そうですか、と言った。
「では、私の家、来てください」
「は?」
困惑する私をお構い無しに、男は私の手を取って前に歩き始めた。
「ここが私の家です。」
案内されたのはごく普通の1軒だった。白い壁に青い屋根、庭には花が植えられていた。
どうぞ、と言われ私は言われるがままに家に入っていった。
「さてと」
私はソファに座らされ、暖かいコーヒーを受け取った。
「名前は?」
「白済星羅」
「何歳?」
「15」
「家出でしたよね」
「...」
私は静かに頷いた。
「じゃあ、行くとこないんならここに住んでもいいですよ」
男はズズっと音を鳴らしてコーヒーを飲んだ。
「...いいん、ですか」
いつもの私なら知らない人になんてついて行かない、けど、今はどうでもよかった。“住む”という単語が私を引き寄せた。
「もちろん、まぁ条件あるけど」
「条件?」
「うん、ここに住んでいい代わり、料理と掃除、お願い出来る?」
料理と言われ、ドキッとした。私は不器用で家庭科などで調理をするといつも失敗する。だけど料理が出来ないと住まわせてくれない、それは避けたかった。
「が、頑張ります。」
料理は勉強をしよう、と思った。
「よかった。じゃあ交渉成立ですね」
あ、名前言うの忘れてました、と思い出したかのように言うともう一度私の方を振り向いた
「河下木葉。殺し屋してます」
涼しい笑顔で大きな爆弾発言を落とした。
「ころ、しや?」
それが私と、河下木葉さんとの出会いだった。
〈続いてのニュースです。××県××市にお住まいの15歳白済星羅さんが行方不明になりました。詳細はまだ詳しく分かっておりません。〉
「またこのニュース...」
たまたまテレビを付けたらニュースをしていた。このニュースは2週間ほど前から放送されているものでよく流れている。
「またそのニュース見てんの、星羅、お前も有名人だなぁ」
ソファの後ろからくいっと顔を出した河下さんは少し血の匂いがした。
「河下さん、血の匂いするんでお風呂行ってください」
「へいへーい」
「あ、ちゃんと血、流してくださいよ」
わぁってるよ、河下さんはそう言ってお風呂場へ消えていった。
リビングがシンと静まり返る中、私は人形をぎゅう、と力強く抱いた。
「?おーい、星羅ー?」
「ぁ、はい、なんでしょう」
河下さんは首にタオルを掛けて頭をガシガシ拭いていた。
「いや反応なかったら、なんかあったかなーて」
ドア付近のコンセントからドライヤーを引き抜き、私の近くのコンセントにドライヤーをさし、私に持たせた。私はドライヤーの電源をONにし、河下さんの短い髪を乾かしていった。
「悩み事かー?それとも家に帰りたい?」
「いえ、別に」
「えーじゃあなんでさっき反応無かったんだよ」
「考え事ですよ」
私は淡々と髪を乾かして、2分程の短時間で電源をOFFにした。
プルルル、プルルル、電話の音が鳴り響いた。
「んぁ、俺か...もしもし」
〈河下かー?例の件なんやけど〜〉
「えぇ、忘れていませんよ」
〈喋り方、別に普通でええんやけど〉
「いえ、誰かに聞かれていては困りますので。今の世代、何処で誰が聞いているか分かりませんよ」
〈そぉか、まぁええんやけどな、それはそうと明日いつもの場所これるか?〉
「大丈夫です」
〈んじゃ、そーいうことで。ほな〉
ツーツーという音が聞こえ、電話が終わったのだと分かった。
「二野原さんですか?」
「おう、明日出かけるから留守番よろしくなー」
河下さんはそう言うと、俺寝るわーと言いリビングを出て部屋に戻っていった。
1人残された私は冷蔵庫からプリンを取り出し、カラメルの部分をすくい上げ口へと運んだ。カラメルの甘く、少し苦い味が口の中で広がった。
午前、河下さんが家を出て、私は掃除を始めた。ヴィーンヴィーン。掃除機の雑音が耳に響く。いっその事ルンバでも買ってしまおうかと思ったが、それを話すと河下さんは、金がかかるからと否定された。
「…うるさ」
小さく呟いた声は掃除機の音に吸い込まれた。
リビングの掃除が終わり、次に自分の部屋、廊下、トイレ、と淡々と掃除を終わらせた。
「帰ったぞー」
ガチャ、と玄関のドアが開き、河下さんと河下さんの後ろから二野原さんが出てきた。
「こんにちはぁ白済ちゃーん!」
「早いですね」
「俺が忘れ物したから取りに来たのと、そのままここで少し話そうかと思ってな」
「え?無視??」
「なるほど、何か用意しますか?」
「あー、じゃあコーヒーお願い」
なーぁー!と私の顔の前でブンブン手を振る二野原さんを無視してコーヒーの準備をした。その時、河下さんが二野原さんをずるずると引きづっているのがチラッと見えた。
コポコポという音を立ててコーヒーを淹れていく。コーヒーの表面に映った自分の顔は、前より少し明るく思えた。
コーヒーを河下さんの部屋に持っていき、このまま掃除をしてもお邪魔だろうと思い、自分の部屋に入った。私の部屋は元々空き部屋だったため、少し掃除をしない日があったらしく埃がちらほら見えていた。小さな丸テーブルが一つとベッドが一つ、中くらいの棚が二つ隣合わさって、小さい窓、白い壁紙に木の床。殺風景だが、この空間は私は好きだった。その後は私物を少し飾って初めよりは色とりどりになっていた。
私はスマホを取り出してホーム画面を開いた。天気予報の通知と公式からの通知が三つほどあり、右端に赤い丸が付いていた。ほとんどの連絡先は消していて、今友達になっているのは数少なかった。公式からの連絡を横にスライドして削除していく。一気に削除出来る機能ないのかな、と思いつつ一つ一つ削除していった。
するとピコン、と一つの通知が鳴った。また公式かと思い確認すると、公式ではなかった。名前は、“白済紗羅”。私の一つ上の姉からの連絡だった。姉とは仲が良かった方で、私は姉だけに家出をする、と事前に報告していた。そんな事でも姉は、私を責めずに、ただ送り出してくれた。私の唯一無二の理解者だ。姉とはたまに生存確認のためや、私の周りの報告、姉の周りの報告を共有していた。連絡を開くと、『大丈夫?』とだけ送られていた。私はすぐに『大丈夫』と一言送り、そのままスマホを閉じた。ボスっとベッドにダイブし、枕に顔を埋めてうつ伏せになった。眠たい。私はうつ伏せになったまま顔だけを横にして、瞼が自然と閉じるのを待った。
「おやすみなさい」
小さい頃、いつも母に言われている言葉だった。
「おーい起きろー」
「白済ちゃん〜、もう夜やで」
河下さんにべしっと頭を叩かれ、嫌々ながらも顔を上げた。時計を見ると夜の七時。もう夕飯を食べないといけない時間が過ぎていた。
「飯、作ったから食うぞ」
そう言うとそそくさと部屋を出ていった。だけど二野原さんはそこに突っ立ったままで少し微笑んでいる。私は不思議に思い、口を開こうとした時に、二野原さんが先に口を開いた。
「河下なぁ、アイツ料理とか苦手なんやけど、白済ちゃんの為に頑張って料理作ってたんやで」
ほんま健気なやっちゃわぁ、とクスクスと笑う二野原さんをよそに、私は自分の顔が熱いのに気がついた。幸い、二野原さんに気づかれてない、と思った矢先、二野原さんに指摘された。
「え、白済ちゃん顔赤いやん〜!」
指摘されたのが恥ずかしくて私は布団を頭から被った。頭の中で色々なことが飛び回った。
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