埋まることなき溝

リト

第1話

闇夜を駆ける影二つ。

 片や刀を腰に差した長身の男。紺のスーツに身を包み胸には銀の飾りつけがされた勲章をつけている。紫の髪を靡かせ暗い路地裏を走る。その目は前を走る影を捉えて離さない。

 一方その前を走る影といえば、目元までしっかりとフードを被っており詳しくは分からないが、その背丈は140cmぐらいだろうか。男から逃げるように路地裏を走っている。


少女が立ち止まった。どうやら行き止まりにあたったらしい。少女を追いかけていた男も距離をとって立ち止まる。

 不意に風が吹いて少女のフードがとれて顔がよく見えるようになった。肩までの赤髪に黒く染まった眼。顔立ちは全体的に整っており、ある一点を除けば人間の美少女と言っていいだろう。その一点というのが額から生えた紅色のツノだ。このツノが少女がただの美少女ではないことを雄弁に語っている。

 立ち止まった男が刀に手をかけながら少女に話かける。

「追い詰めたぞ。もう諦めて大人しくしろ」

男の言葉に少女は耳を貸さない。代わりに男の顔を親の仇を見るような目で睨む。

「そう睨むな。恨むなら鬼に生まれた自分を恨め」

男のこの言葉は無視できないのか、少女は絞り出すように言葉を発する。

「私たちが何したって言うのよ。ただ鬼として生まれて、山奥で鬼として暮らしてただけじゃない。なのに、どうしてこんな仕打ちを受けないといけないのよ。あまりに、あんまりよ」

 少女の声からは困惑と悲しみ、そして自分たちに酷いことをする人間という生き物への怒りが感じられた。

 それらの感情が込められた言葉は男の心に響かなかったのか、ただ冷静に言葉を返す。

「そうだな。お前たちは山奥で鬼として家族で暮らしていた。それは事実だ。だがな、お前たちが鬼として生きることで理不尽な目に遭う人間だっている」

「そんなこと知らないよ。私たちはあなたたちの村や町には行ってない!突然家を襲ってお母さんやお父さんを殺すみたいなあなた達のようなことはしてないじゃない!私たちは無害よ!」

 今度は少女の言葉に無視できないものがあったのか、男が感情を露わに声を荒らげる。

「お前たちが無害だと?笑わせるな!鬼は人を喰らう!腹が空いたと思ったら、幼い子供から優しい老婆まで老若男女問わず喰らう!お前達だって山に迷いこんだ人たちを殺して喰っただろう!そんな存在のどこが無害だ!」

 男の怒号に少女は怯えてその場にへたり込む。見ればその目には涙さえ浮かべて今にも泣き出しそうだ。

 その様子を見てこれ以上の問答に意味がないと思ったのか、腰を低くして抜刀術の構えをとる。

「我、罪人を裁きし者。我、人の無念を晴らす者」

男はまるで何かを読み上げるかのように目を閉じて言葉を紡ぐ。

 男の言葉が紡がれるにつれて刀が呪われていく。まるで蛇が鞘の上を進んでいくかの様な異様な光景だった。少女が後ずさるのを雰囲気で感じながらも男は言葉を続ける。

「贖罪の時は来たり。人を殺し死肉を貪る罪人は亡者の思い纏いし一刀の下に祓われん」

男が目を開く。姿勢はやや前傾に。左脚を後ろに。脚に力が入る。

蛇が男の右手を噛んで消滅する。男は一瞬力を抜いて、その直後に強く地面を蹴った。そして、そのまま一直線に少女に近づき、叫ぶ

「天!誅!」

振り抜かれた刀が少女の首を刎ねた。



少女の首から討伐の証拠としてツノをとる。そして携帯で事後処理を要請すると、その場にしゃがみ込む。そして少しの間手を合わせた。鬼の少女の死体に何を思ったのかは分からないが、満足したのか立ち上がるの、壁を蹴って行き止まりの向こう側へと消えていった。





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