幸せになった日2
月島日向
幸せになった日
寒い。
今年は秋が短かった。
家に帰り手洗いうがいを済ませ、真っ暗なリビングの電気を付ける。
固定電話の留守電サービスのボタンがチカチカと点滅していた。
―ピッ
―留守電メッセージがあります。
―ピッ
―雪ちゃん?お帰りなさい。お母さん、緊急の患者さんが来て手が離せなくなっちゃって。遅くなるよ。帰り待ってなくていいからさっさと寝ちゃってね。
―ピッ。メッセージを一件削除しました。
はぁ。
今日は何食べようかな。
冷蔵庫を開ける。
野菜室に少しのキャベツがあるだけだった。
今から買い物行くのもめんどいな...。
ただ、それでもお腹は減る。
乾物をストックしている棚を漁ると、大安売りのときに大量に買い込んだカップ麺が出てきた。緑色のたぬき蕎麦だった。
カップ麺が夕飯とは物寂しい気もするが、コンビニに弁当を買いに行くか、カップ麺を食べるかを天秤にかけた時、明らかに後者だから諦めた。
一応、女子高校生をしているから、申し訳なさ程度に健康に気を遣う事にした。
野菜室に眠っていたキャベツを数枚手で細かく千切り、お湯を沸かす鍋に一緒に放り込む。
特に何をするでもなく気づけば鍋のお湯がグツグツと沸いていた。
茹で終わってから思ったけど蕎麦にキャベツはどうなのか?
まぁ、何でも腹に入れば同じだ。
腹が膨れればそれでいいか。
カップに示された線まで熱々のお湯とキャベツを注ぎ入れた。
3分。
待つ。
はぁ。
いつからこんなに溜め息を溢すようになったのだろう。
年をとったと言えど、たかが、17年だ。
人生の先輩方からすれば、そんなちっぽけな時間を何故そんなに退屈そうに過ごしているのか?と怒られそうだ。
でも、この17年生きてきて自分の意思じゃどうにもならないことがあるのだと知った。
―ピロロロ
スープを均一にかき混ぜる。
誰もいないせいなのか随分濃い鰹だしが一人歩きしていた。
ズズズズズズ。
誰もいないリビングでたった独り夕飯をすする。
■■■■■■
もうすぐ12月。
今年は年末、家族皆で集まれるのだろうか?
考えるまでもない、無理だ。
何故なら父が海外から帰ってこれないのだから。
ウイルスが蔓延したこの世界で人生を楽しく過ごせている人っているのだろうか?
某ウイルスのせいで、私たち家族は集まる場所を失った。
メディア系の海外支店で働く父は、日本に一時帰国する事を禁じられている。
母もまたしかりだ。
都内の病院に看護しとして勤務している母は、毎日ひっきりなしに押し寄せる患者に目を回していた。
2、3日帰って来ない日だってある。
姉は大学生。
地方の大学に進学しているため、一人暮らし中。
校則で県を跨ぐことを禁止されているらしく、ここ1年くらいはまともに顔も見ていない。
この家に残ったのは高校生の私だけ。
はぁ。
カップのそこに沈んだスープを一気に飲み干した。
何だかんだお腹が膨れたのがなんか悔しい。
腹だけ膨れた体をごろんとソファーに投げつけた。
日々の気遣いで心身ともに疲弊中だ。
そのせいで眠気が倍増される。
とろんとした瞼が猛烈に下がってくる。
もう無理。
リビングのソファーで寝落ちしてしまった。
■■■■■
休みの日。
久しぶりに休日が貰えた母がなにやらせっせとダンボールに荷物を積めていた。
どうやら父への仕送りらしい。
「お父さん、和食が恋しくなったんだって」
母は笑っていた。
「雪ちゃんもなにかお父さんに手紙書いたら?」
「いい。もうそんな年じゃないし」
「そう?お父さん喜ぶと思うけどなぁ」
「今年の年末も皆バラバラね。ここまで来るといっそ清々しいわ」
母は悲しさを通り越したと寂しそうに笑った。
確かに、もう皆独りで生きる事が当たり前みたいになっている。
なんか、やるせない。
私ははたと思った。
いい考えを思い付いたのである。
■■■■■
その日の夜。
お姉ちゃんに電話をかけた。
「お姉ちゃん?」
「なぁに?雪から電話とか珍しいじゃん?」
「あのね...」
私はある企画を持ち込んだ。
■■■■■
明日は、世間一般で言うところの元旦である。
つまり、今は大晦日。
案の定、広々としたリビングで独り年が明けるのを待っていた。
けれど、今日の私の心はポカポカだ。
『やっほー』
お姉ちゃんの声がした。
スマホを覗くと、アパートの一室がチラチラと見えている。
スマホ画面が私の家族でいっぱいになった。
母は白衣。
父はスーツ。
姉は部屋着。
皆、共有する空間は違うけれど一緒に同じ時間を過ごす事が嬉しかった。
「お父さん!後に見えるの凱旋門?」
「ああ。知り合いがパズルをくれてな、コツコツと作ってみたんだ」
「へー、意外」
少しだけ日常が戻ったみたいだ。
■■■■■
「ではでは?今日の主催者である雪ちゃんから1言!」
お姉ちゃんが話をふってきた。
「えっと、今日はリーモートだけど
改めて面と向かって話すと恥ずかしい。
「じゃぁ、今年1年、無事に過ごせたって事で、年越し蕎麦で乾杯しようか」
父はネクタイを緩めながら熱々のカップを掲げた。
「そうね」
「そうだね」
「うん」
「来年はもっと良い年になりますように!!」
乾杯!!
緑色のたぬきをスマホに乾杯すると、勢い良くお蕎麦を啜った。
ズルズルズルズル!!!
ん~~。
美味しい。
場所は違えど、同じ時間と味を共有でき、満足して気づけば笑っていた。
「心も体もぽっかぽかだよぉ」
幸せになった日2 月島日向 @038408891160
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます