参宅(みやけ)さんはサンタクロース・下




「あの〜さ、前、いいかな?」


 食堂でラーメンをすすっていると、前の席にカレーライスの大盛り定食が遠慮がちに置かれた。ちらりと顔を上げて、すぐさま頷いて、赤くなりかけた顔を隠す。


 ジュンタとて、聞きたいことはあった。謝りたいことはあった。

 特に、好きな子相手に、いくら眠たくて頭が回らなかったとしても、詰問するように問い直してしまったこと。丁寧にもてなしてあげられなかったこと。あわよくば紅茶でも振る舞っていれば——とかなんとか。

 でも、きっと秘密なんだろうし、なかったことにしよう。うん。


 そう決めて顔を上げて、困り顔でカレーライスをつつく彼女、ふゆめに向かってポケットから取り出した件のスプレーを滑らせながら言った。


「これ忘れ物。あと口外しないから、気にしないで」

「あ、ありがと……え? えと〜……」

「昨日俺は何も見なかった。何も起きなかった。だから——……俺がサンタに手紙を書いたことは、誰も知らない」


 その実、サンタに手紙を書いていたことを言及されたくなかっただけである。


 ふゆめはジュンタの言っている意味を理解して頷く。

 ——でも、イヤだ。なかったことにはしたくない。

 だって、折角手にいれた接点だよ!? 好きなん人との接点だよ!?

 『でもだって』と暫く脳内で喚いた後、ふゆめはわざと明るい声で言った。


「その、いいよ。いろいろ話させて。私がサンタだなんて、ミコちゃんにも言ったことなかったから」

「え、あ……おう」


 そしてそれは、ジュンタとてそう変わらなかった。

 それから十数分、五限が始まる五分前の予鈴が鳴ると、二人は慌ててのびたラーメンと膜の張ったカレーを胃の中へ流し込んだ。



 *



「やっぱり白湯かなぁ……こう、あったかくて、沁みるんだよ。外が寒いから」

「年寄りみたいだな」

「ひどい! そんなこと言うならプレゼント届けてあげないよ!?」

「ちょっ、それは子供の夢をぶち壊してんだろっ! 俺も手紙書いたんだからプレゼント寄越せ!」

「悪い子には届けませ〜んっだ」

「ちっ……。悪かった」

「うん、許してあげる」


 それから数日経って、二人はまるで昔からそうだったかのような距離感で帰り道を歩いていた。

 その実、ぐいぐい体を寄せてくるふゆみに、ジュンタが壁際へと追い込まれているだけである。


 ——近いっ、参宅さん近すぎる! 離れて! マジでドキドキする!

 ——手、握りたいな。でも恥ずかしいし……ジュンタくんから握ってくれないかな?


 それぞれの激しい希望を他所に、穏やかな会話が続く。


「あと、こたつ。うちはみんな暑がりだから、こたつないんだよね」

「まぁ、暑がりなのはそうだろうな」


 ジュンタはドキドキを抑えようと現実から目を逸らすために、ふゆめの写真を脳内で掘り起こして、そう返した。

 胸のあたりで軽く突っ張った体操着の襟元に人差し指を引っ掛けてパタパタ仰いでいるもの。スカートを持ち上げてバタバタ扇いでいるもの。ぴっちりとした水着から水を滴らせて、無防備に——

 思い出すだけでクラクラしてきて、回想をやめて独り言ちる。


「うん——夏の体育とか、スカートとか、水泳とか、視線のやり場に困ったし」


 ——なっ。み、見られてたんだ。それならもっと上品にしとけばよかった。はしたない。って、これ脈ありアピール?

 チラチラとジュンタくんを見てみるけど、一人でブツブツ何かを呟いているだけで、どうやら独り言以外の他意はなかったらしい。


 恥ずかしいので、咳払いをして話を続けることにした。


「うん、おこたでみかんが食べたいな〜……あ」


 そこでふゆめの足が止まる。

 乗り換え地点として人波が絶えない駅に併設されたショッピングモールの中。その途中の広告に彼女の目は釘付けになっていた。

 色とりどりのカラフルなマカロンで、その表面やラッピングなど様々なクリスマスらしい意匠が施されている写真。


 サンタ談議に盛り上がってお喋りするうちに知ったのだが、ふゆめは食いしん坊である。しかし自制心は強いのか、今のように目をキラキラと輝かせてよだれを垂らすだけで、あまり金使いは荒くない。

 まぁ別に、大食らいでも……養えるぐらいには頑張りたいな、とか云々、ジュンタは一人で惚ける。


「欲しいのか?」

「まぁ……ね。あ、ごめん。行こ」

「うん。で、欲しいの?」


 サンタ談議に盛り上がってお喋りするうちに知ったのだが、ジュンタは質問お化けである。質問をしたら絶対に相手に答えさせる、そんな気概を常に感じる。だけど心配りは上手くて、答えにくい質問は最初からしてこない。

 うん、濃やかで好き。かっこいい、ドキドキする、とか云々、ふゆめは脳内でデレた。


「高いからいいや」

「それこそサンタに頼んだら?」

「私にサンタはいないよ。だって私がサンタだもん」

「そうか。なるほど。じゃあ誕生日プレゼントは?」

「もう過ぎた。十一月だもん」

「へぇ………………マカロン好きなのか?」


 気のない相槌を返して数秒、ふと思いついて聞いてみると、ふゆめは屈託のない笑みで答えた。


「うん、大好き!」


 いつも通り安直に、ドキッと心臓が跳ねた。



 *



「二学期も終わっちゃったね」

「だな」

「次会えるのいつだろうね」

「明後日のクリスマスだろ」

「いいえ〜サンタは起きてる悪い子にはプレゼントあげませ〜ん」

「…………そっか」

「ん? 今日口数少ないね、ジュンタくん大丈夫?」

「……まぁ」


 ぷいっと顔をそらしてしまう彼に、ふゆめは顔を顰めて黙った。

 そうして、ほとんど何も喋らないまま、帰り道の分岐点、すなわち乗り換える路線の分かれ道に来てしまう。


 むくれて頬を膨らませていたふゆめは短く、じゃあね、と言って背を向けようとして、ジュンタに手首を掴まれて止まった。

 それから、焦ったように手が離されて、クリスマスイラストの描かれた洋封筒がこちらに差し出された。


 手、掴んだままでいいのに、とは思いつつも、むくれていた手前、冗談でもそうは言えない。黙って受け取って開こうとしたが、シールが貼られていて、開けられなかった。


「えと……これ。あの日、俺の手紙、落としてったから」

「え、そうだったんだ!? ごめんねっ、プレゼントなしになる所だったよっ、ごめん!」

「いや、いいよ。それで……サンタじゃなくて、えと……」


 歯切れ悪く、もごもごと口の中に言葉を詰めてなかなか吐き出さないジュンタに首を傾げる。

 らしくないな、やっぱり何かあったのかな……身内の不幸とか? まさか、転校とか!? と、一人で邪推していると、ようやくジュンタが言った。


「ふゆめさん、に、来て欲しい、です。そ、それじゃ」


 手を振って改札を足早に抜けた彼に手を振り返して、半ば呆然としたように、全く理解できなかった言葉を解明しようとした。

 サンタじゃなくてふゆめさんに来て欲しい?

 え? あれ、主語なんだろ、述語は『欲しい』だから主語の省略で『俺』か。『来る』の動作主は……あれ?


 悩むこと数分、ふゆめは家の最寄駅の改札をくぐる頃にようやく、理解した。理解して、顔が赤くなった。


 それから、立ち止まって封筒を開いて手紙を読んだ。読んですぐ、ボンっと、顔が真っ赤に爆発したのが自分でもわかった。



 *



「お邪魔しま〜す……あれ、暗い?」


 プレゼントを全て配り終えた後、彼の部屋へと向かう。と、電気は付いていなかった。

 とりあえず窓を解錠してようとして、開いていることに気が付いて、にやけてしまった。

 彼の部屋に忍び込み、吹き込む冬風をぴしゃりと遮る。


 と同時、パチンと部屋の明かりが灯る。ベッドに腰掛けていた彼が照れたように頭をかきながら言った。


「寝てないと、は来ないだろ?」

「……そうだね(——私に来て欲しかったくせに)」

「えと、お疲れ様。こたつの中入ってて。すぐ戻るから」

「え、あっ、ほんとだこたつだ!」


 ジュンタの物言いにちょっと不機嫌になったが、言われてこたつの存在に気がついて、そんなものはすぐにかき消えた。


 ふゆめは部屋の真ん中に鎮座する二人用の小さなこたつに近づき、恐る恐る足を滑り込ませ、じんわりと足の指先が解凍されていくような感覚に顔をほころばせた。


 帽子を外し、ベルトを緩めて、おもむろにこたつの中でズボンを脱ぐ。

 他人の家で何をやっているのかと理性は問いかけたが、肌に直接放射される熱波は、冷えた太ももには心地よかったので無視した。


 するとジュンタがマグカップを二つ持って部屋に戻ってきて、天板に乗せながら、ふゆめの向かいからこたつに足を滑り込ませた。


「はい、白湯」

「わぁ、覚えててくれたんだ。ありがと」

「まぁな。で、あとこれ。メリークリスマス」


 そう言って彼がベッドの下から取り出したのは、ありふれたクリスマスカラーに身を包んだ長方形の薄い箱。

 開けていい? と目で聞いてから包装を破らないように丁寧にシールを剥がし、取り出す。と、それはいつか広告で見たあのマカロンだった。


「えっ、ありがと……」

「どういたしまして。まぁ、参宅さんがいつもやってることだよ。だから代表して、そのお返し」

「へへ、配達したのは今年が初めてなんだけどね。嬉しい。——……食べていい?」

「もちろん」


 恐る恐る一齧り、唾液が染み込んでガワがほろほろと砕け、チョコが口の熱で溶ける。たまらず残った方も口の中に放り込み、咀嚼する。

 少し甘ったるく感じて白湯で舌の上のチョコを流すと、今度はガワに染み込んだレモンの味がしっとり感じられた。


 半ば無意識にもう一つマカロンを齧ると、ふと彼がこちらを見て笑っているのに気がついた。


「何?」

「いや、幸せそうに食べるなって思っただけだが?」

「だって美味しいんだもん。ほら」


 彼に齧りかけのマカロンを突き出すと、彼は固まった。それで気が付いた。

 これっ……か、間接キスじゃん! うそっ、ドキドキしないでよ私のバカ! 心臓のバカ!

 で、でも間接キスなんて、も、に比べたら、全然初歩の初歩だしっ、これぐらい——でもっ、やっぱり恥ずかしい!


「あっ、えと、ごめっ——」

「も、もらう」


 ごたごたと頭の中で宣っていたふゆめが撤回するより先に、ジュンタが指の間のマカロンを奪い、そのまま口に放り込んだ。そして平静を装って咀嚼する——が、その彼の顔が赤くなってることに気づいて、ふゆめは目を逸らした。

 それから、何度か深呼吸をして、ポツリと言う。


「……部屋、暗くしてたのってなんで?」

「え、あ、い、いい子にしてないとサンタが来ないから……的な?」

「サンタに来てほしかったの? 私じゃなくて、サンタに?」

「う……そ、それは……」


 体が熱くなってきた気がして、上着を脱いで、その手でワイシャツのボタンを一つ外した。そして、たじたじになる彼をまっすぐに見据えて、こたつから出て立ち上がる。


 すると、彼は唖然とした顔で硬直して、それから慌てたように立ち上がって、後ろを向けて叫ぶように言った。


「な、なんでズボン履いてないんだよっ!」

「っ——こ、これはっ、ず、ズボン脱いだ方が気持ちよかったからで!」

「変態かよっ! 早く履け!」

「み、見なきゃいいでしょっ……そ、それで、プレゼント、いらないの?」


 ふゆめは後ろを向いているジュンタの肩から腕を回し、背中から抱きしめて、言う。びくり、と彼の肩が跳ねたのを肌で感じて、続ける。


「サンタじゃなくて、私からの、プレゼント。いらない?」

「そりゃ、欲しいけどっ。へ、変な手紙書いてごめん。来てくれて、ありがとう……」

「ん……あのね、私もジュンタくんが好き……です。手紙、というかラブレター、嬉しかった。ありがと」

「お、おう……」

「付き合ってください……」


 耳に唇を近づけて囁くと、コクコクとジュンタは頷いた。

 嬉しくなって、ぎゅっと抱きしめる。


 数十秒後、狂おしいほど好きになってしまうような、それこそ惚れ薬のような彼の匂いを肺に詰めて堪能していると、彼が苦しそうに言った。


「離れてくれないと文字通り聖夜が性夜になるからズボン履いて」


 そこでふゆめは自分の荒くなっている鼻息に気がついて慌ててジュンタから離れてズボンを履き、こたつの中に戻った。

 それから——


「いいタイミング、逃しちゃったかな……」


 赤い顔をしたふゆめがぼそりと、ポケットの中でをくしゃりと握って、残念そうに呟いた。





——end








PS:小気味いいオチはね、一万字じゃ思いつかんかった。

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 メリークリスマス! 良いお年を!



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参宅(みやけ)さんはサンタクロース 小笠原 雪兎(ゆきと) @ogarin0914

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