父へ

グシャガジ

父へ

 僕は貴方が嫌いだった。

 金遣いが荒くて、偏食家で、計画性が無く、短絡的で嫌な事があればすぐ会社すら辞めて逃げ出す……そんな父さんが嫌いでした。

 母もそんな父さんに嫌気が挿して離婚した、至極納得しますし仕方なかったと今では頷けます。

 結局、疑問の侭になってしまいましたが、すぐ逃げ出す父が頑なに僕を何故、手元に置いたのですか?

 僕が家出した時、親類知人に片っ端から連絡して探したり、僕が独り暮らしすると言っても中々了承くれなかった。

 母も離婚する時にそこだけは頑なだったと聞いています。あの時、母の元へ行ってた方が幸せだったのかもしれない。

 だけど、その事だけで僕は貴方と一緒に居た事が幸せでした。


 そういえば、何故僕があの時家出したか知ってますか?

 母と離婚して毎日毎日、食卓を彩るのは赤いラベルのカップうどん。

————赤いきつね、でした。

 貴方は『赤いきつね』が大好きなのは知っています。もっちりとした純白の麺。ふっくらと黄金色に輝くお稲荷。ほんわかと香る甘い出汁。

 僕も貴方と同じ位には大好きです。

 ただ、貴方は忘れてしまったかもしれません。

 日本には『赤いきつね』以外にも美味しい料理はあるんです。

——例えば『緑のたぬき』とか…………。

 何回も僕は意を決して『他のも食べたい』と言ったのは覚えていますか?

 覚えていないでしょう、いつも『あぁ、そうだな』と流してましたもんね。

 終いには電子レンジや冷蔵庫なんて要らないと捨てちゃいましたよね。

 知っていますか?

 遠足行く時普通は、水筒、弁当だけでいい事を。

 僕だけいつも電気ケトルを持たされて昼食にコンセントを探し回ってた事を。


 知っていますか? 

 晩御飯の話題で僕がそばにいると皆が黙ってしまう空気を。

 カレーだったり唐揚げだったり皆が共有出来る味覚を僕だけ出来なかった事を。


 知っていますか?

 3年生の時に僕に秘匿され学級会が開催された事を。

 僕のクラスの委員長が提案した校則が満場一致で可決して『家庭料理』が禁句となった事を。

 優しさに溢れた体育館、僕がサボりだと首根っこ掴んで引っ張ってきた用務員さんにも優しく言われた『焼き芋食べるか?』って————。


——あの時の僕の気持ちを知っていますか?


 まぁそんな事が積もり積もって家出したのです。

 理由も話さないから結局貴方達は『母が恋しくなったのかな』と思った事でしょう。

 貴方も僕に向き直って悲しそうに謝ってくれました。『どうすればいいか?』

そう、貴方は言ってくれました。

 正直に言えたら良かったのにと心底思います。

 家出して母の家に居る所で、貴方の友人——、今日も来てくださっている友人達に囲まれた時に、

 赤以外の色が彩る食卓を前に…………、

 「あと1分待って」

 と————。


 少し話がそれましたが、貴方の為の貴方を思う会故にお許し下さい。

 貴方はある意味実直な方だった。

 そんな貴方に育てられて、色々思う所はありますがそれなりに幸せでした。


 僕が見た中で一番の『赤いきつね』党員であった貴方。

 そんな貴方の為に、今日は『赤いきつね』いっぱいで送りたいと思います。

 黒白幕じゃなく紅白幕へ。

 黒い喪服じゃなく、ある日見たCMの時の赤スーツ。

 お寿司じゃなく赤いきつね。

 酒も茶じゃなく甘いお出汁。

 お経なんて浮かばれないでしょう、『あぁかいきつね』の合唱へ、

 そして棺の中は白いうどんと彩る様に映えるボリューム増量中のオアゲ。


 準備するのは大変でしたが、貴方の為に皆で頑張って用意しました。

 まだ足りないなら偶には枕元で一緒にうどんを啜りましょう。

 僕の部屋にもカップ麺はあるので遠慮無く化けてきてください。

 聞けなかった事が沢山あるのです。

 信じて『さようなら』も『またね』も言いません。

 ただ『待ってます』の言葉で挨拶を終わらせたいと思います。


 我が父、赤井一太へ


——貴方の息子      緑野狐太。

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