***


 柔らかいベッドの中でロティは目を覚ました。

 横を見ると、見知らぬ少女がイスに座って画用紙に絵を描いていた。


 誰だろう。


 ロティに気づくと、満面の笑みを浮かべた。

 少女の口元が動いた。

「あなた、カレムのお友達?」

「え?」

 突然、何だ。

「パン屋くん」

 イラの声が近くから聞こえた。姿は見えない。

 どこにいるんだろう。

「パン屋くん、というの?」

 少女が笑う。

「おかしい」

「おかしいでしょう」

 少女の口からイラの声が聞こえてきた。

 ロティは少女を見つめた。

 誰かに似ているのだ。

 そうだ。


 イラに面影が似ている――。


「パン屋くん」

 声が聞こえた天井を見上げる。

 視線を戻すと少女も画用紙も消えていた。

 戸口に美麗な男がたたずんでいる。

「カレムが八歳の時です。山の中でスケッチをしていた、年上の幼馴染の少女が魔物に襲われました。一緒にいた小さな術師は覚えたばかりの方円術を使って必死に戦ったのですが、少女は大怪我を負い、魔物に食べられそうになりました。大逆転を狙ったんでしょう、カレムは泣きながら必死に召還術を施しました。すると少女は息絶える前に自ら陣に身を投じました。ボクと融合する時に彼女は契約を突きつけてきたんです。本来それはカレムに許される行為なのですがね」


 イラは悲しげに笑った。


「自分の存在と歴史を消し去ること、命の宝珠を粉々に砕いて、一生カレムを守り通すこと、性悪な美女に引っかからないようにすること」


 白く細い指がロティの眉間をなぞり、ゆっくりと中へ滑り込んできた。

 様々な記憶が呼び起こされる。

 その内のいくつかを、イラは指先で摘み上げた。


「パン屋くんは少し知り過ぎてしまいました。君が辛い思いをする必要はないのです。どうか、これからもカレムと仲良くしてあげてくださいね」


 指が額から引き抜かれると同時に、ロティは再びベッドの中に倒れ込んだ。


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