決意

 ムアレ夫人を北の渓谷で見つけた後、ロティたちはキャースグリーの町に戻ってきた。ソハン司祭が手配してくれた宿屋に向かい、今晩はそれぞれが思い思いに過ごすこととなった。ペンデックはソハンと話があるということで、彼の自宅へと向かった。どうせまた酒を飲みにいったのだろう。ジュジュールはこの数日間の出来事に興奮しているようで、ますます術師の世界に興味を深めたようだ。カウの村にいた時よりも元気が出てきたようで、ロティは安心した。ピクスは宿屋にある書物置き場でしばらく本を読んでいたが、居眠りをしているところを小間使いに起こされ、部屋に戻ったらしい。ウスライは、キャースグリーの町を散策しながら必要な物を調達すると言って出かけていった。イラとケル・カはどこにいるかわからない。一般の人間たちの前では姿をさらすわけにはいかないのだから仕方ない。古の異界人と関わることになるなんて、ラジンとカヤが聞いたら大変なことになるだろう。ロティは思わず苦笑した。


 夕闇があたりを覆い始めた頃、ロティはこっそり宿屋を出た。


 ――あそこに見える大きな屋敷かな。


 ムアレ夫人は、理解のある領主の元へ身を寄せることにしたらしい。ロティは法衣にくるまれた木箱を大事に持つと、木立ちの道を突き進んだ。命の宝珠を、彼女に返すことがロティの旅の目的だ。そして、彼女には幽暗なる者を封じる大切な役目がある。本人は、すっかり自信を失くしているが、ロティが持っていても意味のない代物には違いない。何としても受け取ってもらわなくては。しかし、その一方で旅の到達に戸惑う自分もいる。いや、足手まといにしかならないのなら、いっそ離脱した方が良いのではないか――。ロティは命の宝珠が入った木箱を見つめつつ、小道を進んだ。

 キャースグリーは山間の町だからか、日が暮れると家々の外灯だけが頼りだった。ヒタムやトゥラヒールのような華やかな劇場もなく、数軒の酒場や食堂だけが住人の娯楽場所のようだ。ランプには夜光虫が舞っているのが見える。町の中心から外れれば、明かりを顔にかざさねば、すれ違う相手が誰だかもわからないほど薄暗い。


 ――黄昏か。


 小さな川の橋を渡り、緑が生い茂る道を進む。そこへ、人の声がした。茂みからうかがうと、身なりの良い男が三人と、背に大きな荷物を背負った男が一人見える。互いに言い争っているようだ。

「いつもはそんな通行許可がなくても、入れてもらっていますのにっ」

 荷物を背負った男はどうやら旅の道具売りのようだ。猫背の男が道具売りの肩を押した。

「いつもいつもって、どれだけ毎日通ってるんだ?え?」

「近頃は物騒だからな、よそ者を受け入れるには審査が必要になったんだよ」

 一緒にいる大柄な男が笑い声を上げる。どうやら、どの町にもいる素行の悪い連中のようだ。

「ただ、ここにいるチェロボ様は寛大な方だ。丁寧にお願いすれば許してくれるかもしれんぞ」

 ゴロツキ二人の背後から、ひときわ派手な服装の男が前に出た。キャースグリーではそれなりの地位にある人間なのかもしれない。そいつが口を開いた。

「私も争いは好まない。旅の商人殿、ここは平和的に解決しよう。ほんの少しで良い。この町に寄付するつもりで対価を置いていってもらえば、目をつぶろうじゃないか」

 道具屋が後ずさりした。

「な、何をおっしゃいますかっ。私にも生活がありますよ。それに近隣協定に基づく税金は納めています。それで何の問題もないはずですっ」

「なら、仕方ない」

 チェロボが後ろに下がると、大柄な男が道具屋の顔を殴りつけた。背負った袋と手持ちの鞄の中身が散乱し、道具屋も苦痛の声を上げて倒れこんだ。

「これはこれは、珍しい。マーラン地方の水宝石じゃないか」

 チェロボがランプで照らしながら何かを拾い上げた。

「ダメだっ、それを手に入れるためにどれだけ苦労してきたか」

「そんなのは知ったことじゃない。どれ、この水宝石で通行料といたそうか」

 取り返そうと組みついた旅商人を、三人の男が次々と殴りつけ、そのたびにうめき声が上がる。さすがに、ロティは居てもたってもいられなかった。茂みから飛び出し、旅商人に駆け寄った。ぐったりした男を背にかばい、ロティは相手をにらみつける。

「いくら何でもやりすぎだろう。三人で寄ってたかって、キャースグリーの男は卑怯な喧嘩しかできないのかよ」

「何だ、このガキは」

 猫背の男がじろじろとロティを見つめると、 大男が声を上げた。

「ふん、こいつもよそ者だ。チェロボ様を前にして生意気な口ぶり、キャースグリーの人間なわけがねえ」

 派手な服の男が笑った。

「勘違いしているな、小僧。私は、この町の産業と商売を守るために、外部の商人からは一定の通行料をもらい受けるだけなのだ。それとも、お前が代わりに支払うか?」

 ロティは旅商人を逃がすと、この状況をいかに脱するか必死に考えた。


 ――通行料って……ただの賄賂だろうが。この悪党!

 ――けど、これからどうする?


 ロティは腰の布袋に手をかけ、金を出すフリをした。猫背の男が近づいて手を差し出した時、その懐に飛び込んで、思いきり突き飛ばした。不意をつかれた男は後ろに倒れ、それを飛び越えるようにロティは道を駆け出した。ところが、両足に紐のようなものが絡まり、そのまま前につんのめってしまった。

「確かに、キャースグリーの男の喧嘩は卑怯だが、それがどうした?」

 派手な男――チェロボの手からは投げ縄のような特殊な鞭が握られている。大男が倒れたロティの身体を掴み上げると、猫背の男が殴りつけてきた。

「ぐっ!」

「チェロボ様は優しいぜ?だがな、オレはそうでもねえんだ。悪いな」

 みぞおちに拳がめり込む。ロティはそのまま背中に蹴りを入れられ、道に転がった。さらに、チェロボが顔を踏みつけ、持っていた鞭の柄を振り上げる。軽く意識が飛びそうになった時、声がした。

「あ、あそこですっ!若者が私をかばって……」

 逃がした道具屋が助けを呼んできたのか。


 誰かが近づく気配。


「がっ」

 馬乗りになっていたチェロボが後ろに倒れこんだ。残りのゴロツキも苦痛に顔を歪めながら逃げ出した。視界に入ったのは、月明かりに照らされる鼠色の外套。

「無事か、ロティ」

 その声に、申し訳なさが込み上げてきた。

「ウスライさん……」

 チェロボの怒気に満ちた声が響く。

「貴様、このガキの仲間か?私の顔に傷をつけるとは、どうなるか思い知らせてやる」

「構わぬ。元より、そなたが誰だかも知らぬ」

 ウスライの声には何の温度も感じなかった。道具屋がロティを抱き起こしながら叫んだ。

「け、剣士様!こいつはキャースグリーの領主のドラ息子、チェロボです。私も金を巻き上げられそうになったんですが、そちらの若者に救っていただいて」

 チェロボが鼻でせせら笑う。

「結局、何もできないガキではないか。とんだ邪魔が入ったが……そっちは女か。着飾ればそれなりに楽しめそうではないか。せいぜい良い声で鳴くのだぞっ」

 チェロボは懐からナイフを抜くと、ウスライに襲いかかった。

「ウスライさん!」

 ちょうど背後になってよく見えないが、女剣士は微動だにしない。

 チェロボの身体が折れ曲がった。

「少し長い剣で不便なのだ。おまけに抜けぬ」

 ウスライは細身の剣を鞘ごとチェロボのみぞおちに打ち込んでいた。

「き、貴様ッ」

「短剣か。私はこう使うように教わった」

 うずくまるチェロボの背後に軽やかに回りこむと、剣士は袖口から小刀を引き出し、首筋にあてがった。

「腹に刺したところで致命傷にはならぬ。こうして動脈を掻っ切るのが早い。私の獲物には毒草の汁が塗られているので、仕留め損ねても麻痺して動けないようにできる。それで確実に殺せる」

 地を這うような声に、チェロボが震え始めた。

「わ、私を殺したりなどしたら、どうなるかわかっているんだろうな」

「構わぬ、と言った。死んだ後のことなど、そなたが心配する必要もなかろう」

 助けてくれ、チェロボが叫んだ。半仮面の女剣士はチェロボを離し、恐怖でうずくまる男に顔を近づけた。

「その顔、その名前は覚えた。私は依頼さえあれば忠実に仕事をする。それが生業なのでな。……貴様が今まで虐げてきた者たちが、私に頼み込まぬよう、マリジャ神に祈るといい」

 冷ややかな声に、チェロボは悲鳴を上げながら木々の中に逃げていった。ウスライはロティに手を差し出した。

「だいぶ殴られたな。立てるか?」

「すみません、本当に」

「気にすることはない。そなたを守るのは約束だからな」

 ウスライの右半面が小さく笑みを浮かべた。離れて見ていた道具屋がウスライに駆け寄り、何度もお辞儀をして言った。

「ありがとうございます、剣士様。おかげでこの町で商売できそうです」

「そんなたいそうな者ではない。しかし、助けになったのなら良かった」

「そちらの方も、ありがとうございました。ああ、こんな勇気ある若者がいるなんて。この町も捨てたモノじゃありませんな」

 道具屋は持っていた袋をあさると、宝飾品のついた小さな剣を出した。

「これはお礼です。大昔の品で、刃こぼれがひどく殺傷能力はないのですが、優美な装飾は芸術といえましょう。どうぞお収めください」

 半透明の宝石は、よく見ると力の宝珠のように思えた。刃こぼれしていても、古い剣ならペンデックやピクスが上手く使えるかもしれない。


 ところが、柄に手をかけた時、違和感を覚えた。


 道具屋は笑みを浮かべたままこちらを見つめている。

 半仮面の女剣士は道具屋に向き直った。

「そなたは旅商人か」

「はい、このあたり一帯を季節ごとに回っております」

「ヒタムには」

「一度行きましたが、最近あそこは通行許可証が必要みたいでして……」

 そうか、ウスライはうなだれた。

「この少年はトゥラヒールのパン屋の息子で、これから送り届けるところなのだ。残念ながら芸術に理解を持つにはまだ早い。ただ、仲間の一人がそれを欲しがるかもしれぬ。マリジャの司祭の家で酒を飲んでいると思うので、訪ねてみたらいかがだろう。その時に、柄の装飾をよく見せると良い」

 道具屋は驚いた表情を見せたが、特に気にする様子もなく頭を下げて立ち去った。その後ろ姿を見送る。

「ウスライさん……」

「あの者から……血のにおいがした」

「え……じゃあ、やっぱり……」

「ロティも不穏なものを感じたようだな」

 ウスライはそれだけつぶやくと、木立ちの道を歩き始めた。

 道具屋も、この半仮面の女剣士と同様に、術師を殺すように催眠をかけられているなら、あの剣を受け取っておいた方が良かったのではないだろうか。どこか釈然としないロティの心を読んだのか、ウスライは静かに言った。

「はっきりとは言えぬが、呪いを解くために、その発動源となる剣は必要だと思うのだ。あの者を完全に救うには呪いを解くほかない。しかし、あのように誰もが簡単に抜き差しできる剣は明らかに危険だ。ペンデック卿なら、私の意を汲んで結界を張ってくれるだろう」

 ウスライは弱々しく微笑んだ。

「私は運が良い。剣に結界がある以上、術師チャディア以外を殺めることはないからな。幼子でも抜ける剣……あの者は誰彼かまわず傷つけてきたはずだ。術師殺しが目的かと思っていたが、ここにきて催眠呪法師が何を考えていたのかわからなくなってきた」

 黄昏の術師会チャディア・クアラに対抗する術師を亡き者にするというならわかるが、無関係の一般人まで危害を及ぼす呪いは、確かに常軌を逸脱している。

 ドブロの目的は何だったのだ?

 ヒタムの幽暗なるブラハンと関係はあるのだろうか――。

 領主の屋敷の前に辿り着いた時、ロティはウスライがこのあたりに来ていた理由を初めて察した。それは、相手も同じだったようで、二人でうなずき合うと屋敷の呼び鈴を鳴らした。家人がドアから顔を出し、用向きを承ると、一度中に引っ込んだ。庭から柑橘類のような香りがする。小さな噴水でもあるのか、水の飛び散る音がかすかに届いた。

「ロティは、やはり木箱を持っているのは怖いようだな」

 突然のウスライの言葉に、ロティは動揺しながらもうなずいた。

「おれなんかが持っていても仕方ないし……」

「それを返した後はどうする。トゥラヒールに帰るのか?」

「え?」

 思わず声が上ずってしまった。ウスライは、ほんの小さく笑みを浮かべる。

「弓矢の師匠は、すでに満足しておる。そなたと、両親が無事だったのだからな」

「……」

「それに気づいた故、ロティは戸惑っているのであろう?自分の有り様を」

「……ウスライさん」

「ここに現れる夫人が、そなたの行く道を決めてくれるであろう。若いうちは、何かに突き動かされることが必要なのだ。雛鳥は、そうやって飛ぶことを覚えていく」

 その後の会話は途切れた。屋敷のドアが開くと、やや疲れた顔のムアレ夫人が、こちらに頭を下げた。

「庭先に、東屋があります。そこで、お話をうかがいましょう」

 ムアレ夫人は白のローブを身にまとい、緩やかに歩き出した。その時に一瞬だけ、ロティに目を向けたが、すぐに下を向いてしまった。柑橘類の香りに包まれた小道の先にアーチ型の屋根が見える。夫人は、燭台に力の宝珠を引っ掛けて明かりを灯すと、石造りの長椅子に座るよう勧めた。

「ご用向きは、何となくわかります」

 ムアレ夫人は、膝の上で両手を組み、じっと一点を見つめながら口を開いた。

「確かに、あなたに預けていては、迷惑な代物ですものね」

 そう言うと、夫人はあらためてロティに頭を垂れた。

「……ここまで大事に守ってくださってありがとうございます。宝珠は、いただきます」

 両手が差し出される。

 その上に、木箱を乗せればロティの旅は終わる。

 あとは、ムアレ夫人がヒタムの幽暗なる者バワを封じれば良いのだ。


 終わる。おれの――単なるお使いが。


「ちゃんと、封じてくれますか?おれはまだ信用できない」

 この命の宝珠を、手放してはいけないという気持ちが沸き起こった。それは、コット師匠を巻き込んでしまった責任感かもしれない。何より、苦難の中にいる仲間を残して、自分だけそっぽを向くわけにはいかない。だって、何の役にも立てていないのだから。

 強い想いがロティを動かした。

「ピクスたちから逃れた時、あなたは真っ先にこの宝珠を探しに来るべきだった。幽暗なる者が先回りして、こいつをどこか遠くへ吹き飛ばす恐れもあったんだ。それなのに、あなたは逃げるだけだった。確かに、怖いのはわかります。……おれも箱を少し開けてしまったばかりに、魔物を呼び寄せて大事な人を失って、自分が犯したことの重大さに、押しつぶされそうになりました。けど、あなたには、おれが持ち合わせていない力があるじゃないですか。それをみんなが必要としている時に、逃げ隠れているのは、もうやめにしましょうよ」

 ロティの険しさに、ウスライも驚いた顔をした。ムアレ夫人はうつむいたままだ。ロティは大きく息を吐くと、木箱の感触を確かめるように腰の布袋を上から押さえつけた。

「渓谷の洞穴で、ムアレ夫人を見つけた後、ペンデックさんがどうして命の宝珠を返すよう、おれに言わなかったのかようやくわかった。あの人もあなたを信用してないからだ」

「ロティ、それは違う」

 ずっと黙っていたウスライが口を開いた。

「ペンデック卿は、見抜いたのだ。こちらのご夫人に、その器がないのだと」

「え?」

 ムアレ夫人も、ウスライを見上げた。女剣士はそれを真っ向から見据えた。月に照らされる右半面は、思いのほか優しげな表情だった。

「人間、死にもの狂いで何かを成そうとする時には予想以上の力を発揮するものだ。ご夫人、そなたが異界の者を呼び出した時は、恨みと怒りで己の限界を遥かに超えた術に成功した。しかし、今はただの臆病な術師でしかない。頭では幽暗なる者を封じねばならぬとわかっているが、もうあのような力は当然出せぬ。責めたところで仕方ないゆえ、ペンデック卿はロティに宝珠を持たせているのだ。あの術師は、それぞれに適した役目を与えようと考えている」

 ウスライの言うことは実に的を得ていた。ロティはカウの村で、あの術師がジュジュールに説教したときの言葉を思い出した。


 ――常に冷静に、時には冷酷でないといけない。わかるか?


 ペンデックは常に先を考えて行動する。別の策を練っているに違いない。

 ムアレ夫人はしばらくうつむいていたが、小さく息を吐くと、ロティを再び見つめた。その瞳には涙がたまっている。

「あなたの言うとおり、私は逃げてばかりの弱い術師です。それでも、まだ若いあなた方が懸命なのを見過ごすほど落ちぶれてはいないつもりです。私に出来ることがあるなら、何でも協力いたします……」

 哀れな夫人に、ロティは胸が痛んだ。自分が言い過ぎたことを詫びると、ムアレ夫人は静かに首を横に振った。

 風が木々を揺らす音と共に、軽い金属音がした。

「ならば、さっそく協力を請いたい」

 細身の剣を腰から外したウスライが、静かな声で言った。涙を拭いたムアレ夫人が、女剣士にうなずき返す。

 ウスライは剣の柄の文様をなぞりながら言った。

「ドブロ老人は、黄昏の術師会の存続を邪魔する者に対し、催眠をかけた身内の術師を刺客として放ったらしいな」

「ええ」

「ところが、身内の術師以外にも、催眠をかけて利用した者たちがいる」

 インスは思いつめた表情を浮かべた。

「……あなた」

 ウスライは剣の柄をムアレ夫人に向けた。

「私はドブロ老人に呪いをかけられた疑いがある。この剣を術師が抜くと殺すように仕向けられるらしい。もう死んでしまったドブロ老人に確認することもできないわけだが、そなたは何か知らないだろうか」

 ムアレ夫人は剣の柄の装飾をじっと見つめた。そして、口を開いた。

「黄昏の術師会に反対する勢力の中には、世のために修行をしてきた真っ当な術師が多くいました。それらが手を組めば、黄昏の術師会には脅威です。自分が教え込んだ、にわか術師たちでは太刀打ちできないと判断したのでしょう……ドブロは別の方法で邪魔者を排除しようと考えました。そこで、ヒタムを訪れる武器の使い手、旅商人にまで呪いをかけたのです」

「その方法、武器の鑑定と称するものだろうか」

「そうかもしれません」

「術を増幅する古の剣は、術師が欲しがる代物だ。ドブロ老人はそんな彼らの心理につけこんだわけだな。呪いをかけられた者たちとて、高値で取引してくれる相手には自然に近寄っていく。術師の敵は予想以上に多いだろう」

 ムアレ夫人は半仮面の女剣士と細身の剣を交互に見つめた。

「あなたは以前にもヒタムに来たのですか。ドブロを訪ねたと」

「覚えていない。それすらもドブロの仕業だと思われる。ところで、そなたが幽暗なる者を呼び出したのはいつだろうか?」

 ムアレ夫人は虚空を見つめ、思い出したように静かに答えた。

「一週間ほど前です」

 ロティはウスライを見上げた。その顔にはわずかだが悲しみが滲んだ気がした。

「私がペンデック卿の屋敷を訪ねたのが四日前だ。ドブロが殺害された日よりも後、つまり、奴が死んでも呪いは解けておらぬ。むしろ、永久に催眠にかかることになったか」

 ムアレ夫人が顔を覆い、小さな声でウスライに謝った。それを見つめながら女剣士は穏やかな声で言った。

「そなたが悪いわけではない。ただ、もし懺悔の気持ちがあるならば、力を尽くして欲しい。そなたにしか出来ないことがあるに違いない。もちろん、我々も協力する」

 ムアレ夫人は何度もうなずくと、肩を震わせて泣いた。

 風が強くなり始めた頃、ロティとウスライは宿屋に戻ることにした。すっかり空は夜の色を呈しており、星が輝いている。残された二人の影が月光の下に伸びていく。

 ムアレ夫人は領主の屋敷に戻って行く際、ロティを振り向き、

「あなたの勇気、私も何か教えられた気がするのです」

 そう言って弱々しく微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る