差し伸べる手

 ジュールたちを探しに林の奥へ向かうと、そこに小さな泉があり、村人たちがそこで互いに怪我の介抱をしていた。

「逃げ遅れた者はいないか」

 ウスライの言葉に、女が半べそをかきながら駆け寄った。

「息子の火傷が酷くて身動き一つしません……このままじゃ……」

 ウスライがとっさにペンデックを振り向くと、頷きながら術師チャディアは大声を上げた。

「えっと、医者はいるのか?いるなら手伝ってくれ」

 すると、若い女性に包帯を巻き終えた初老の男が立ち上がり、ペンデックに付き従って手当てを始めた。徐々に、村人たちがこちらに信頼を寄せ始めたのを感じる。ロティも必死に手伝った。

 泉の向こうからジュジュールがこっちに向かって走ってくるのが見えた。

「ロティ、火は消えたのか?」

 見れば赤毛の少年も傷だらけだ。

「ペンデックさんが全部消してくれた。ただ、ほとんどの家が焼けて」

 ジュジュールは地面を殴りつけた。

「ちくしょう、ちくしょうっ!何なんだよっ!どうしてカウがこんな目に遭うんだよっ」

 泣き崩れるジュジュールの姿に、ロティは言葉が見つからなかった。すると、背後から小さな声がした。

「旅の方。あんた、戻ってきてくださったんか」

 その老いた声にウスライが振り向いた。そこには小さな老婆がピクスに抱えられながら立っていた。右手には包帯が巻かれている。

「祖母殿か。無事で何よりだ」

「ええ、ええ。孫のジュジュールに会うまでは死ねませんわい。これ、ジュジュール、泣くでない」

 ジュジュールはよろよろと立ち上がると、祖母の前で大泣きした。

「ごめんな。ごめん、ばあちゃん。たぶんオレのせいだ。オレが術師なんか目指したから村のみんなを巻き込んだんだ。この村は古い術なんかとは無縁で平和に暮らしていたのに」

 その言葉に眉をひそめる村人がいた。

「そうだ、ジュジュール。お前があいつらを呼び寄せたんだ」

「ヒタムの術師は攻撃術ばかり扱うというじゃないか。本当はお前も一緒になって騒ぎを起こしたんじゃないのか?」

「そんなけったいな術を身につけるより、ここで牛飼いでもしていれば良かったんだよ」


 こんなに大勢の大人が、一人の少年を寄ってたかって――。


 ロティが割って入ろうとしたとき、

「ミオが目を覚ましたわっ!」

 先ほどの母親の声が聞こえてきた。火傷を負った息子が意識を取り戻し母親に抱きしめられている。

「ああ、術師様。ありがとうございます」

「どういたしまして。あとは、栄養のあるものを与えて養生させると良い。トゥラヒールなら災害時の近隣協定もあるし、家を失った者は受け入れてくれるはずだ」

 ペンデックがこちらの状況に気づくと、ジュジュールに近づき、その赤毛を引っ張りながら村人たちに対峙した。一瞬、場が緊張する。

「心配しなくてもコイツには術師の素質はまったく無い。おまけにヒタムの結社からは破門になっているはずだ。この落ちこぼれは今回の件には関係ないから、そんなに目くじらたてなさんな。村に火をつけた連中は、おそらくヒタムの術師だろうが、目的は別にあるとみた。さて、この中で――」

 ペンデックが村人たちを見渡す。

「よそから来た、妙な女を見た者はいるか?」

 一斉にどよめきが上がった。

「そ、そういえば両手首に手錠をかけられた女が来たっ」

「腰には縄も結ばれていたようだけど」

「可哀想だから解いてやろうとしたんだ。ところが、頑丈な手錠でびくともしなくて」

 ピクスが小さな悲鳴を上げた。ジュジュールも青ざめた顔でペンデックを見つめた。

「そ、その人は」

 ロティはおのずと叫んでいた。

「その人はどこにいますかっ!」

 村人の一人がロティに向かって言った。

「昨日の夜、物見やぐらの柱に寄りかかって倒れているのを見つけたんだ。みんなで医師のテビ先生のところに連れて行って、水や食料を与えた。明け方には意識を取り戻したが、何も語ることなく、ただ泣いていたんだよ。その間も手錠を外そうと皆で協力し合っていたら、突然外で火の手が上がったんだ。そうしたら、いきなり女が起き上がって、周りが止めるのも聞かずに表に飛び出していっちまったんだ」

 ペンデックが力の宝珠をゆっくりと揺らし始めた。

「ダメだ見えないな。魔法探知されないようにきっちりと靴底に結界陣を張ってあるようだ。物見やぐらで意識を失っていた時にはその力が弱まり、追っ手に見つかったらしいな。なるほどねえ。ご夫人は正真正銘の術師だな」

 黙っていたウスライはジュジュールに向き直った。

「起きてしまったことを悔やむのは何の解決にもならない。この村の人々の信頼を取り戻したいなら、この後のことを真剣に考えることだ。キャースグリーとトゥラヒールに馬を走らせ、助けを求めれば衛兵たちが来てくれるだろう。ピクスと二人で協力し、この難を脱する……出来るな?」

 何か言いたそうなジュジュールに背を向け、半仮面の女剣士は老婆に頭を垂れた。

「このような再会になってしまった。すまない」

「いいんですよ剣士様。孫が無事なら、この老いぼれは思い残すことはありませんや」

 そして老婆はロティとペンデックの前に立った。

「アンタ、ジュジュールのお友達かいや?あれは悪ガキでバカだけれども、性根は優しい子なんじゃあ。どうか、どうか助けてやっておくれねえ。そちらの術師様、村はもうダメだけれども、何とか人間は生き残りました。お助けいただいてありがとうございます」

 小さい背中を何度も折り曲げる姿にロティは涙が出そうになった。老婆に促されるように、村人たちも次々に礼を述べてきた。

「ペンデック卿」

 ウスライの静かな声に、ペンデックは嬉々とした表情を浮かべた。

「ああ、やはり黒幕はヒタムだな。ご夫人の行方はどうせ今はわからないし、先に敵を叩いてしまおうか」

「ムアレ夫人の捕縛命令……彼女を追い回す理由は何なのだ」

 すると、ペンデックはロティに目をやった。

「ま、その木箱だと思うね。もしかすると、ムアレ夫人はわざとそれを手放したのかもな。ともあれ、結界が張られた命の宝珠は、あの程度の使い手じゃ探し当てられない。それなら、当人をさらって口を割らせるしかないだろうからな。ちと、やり方は卑劣過ぎるが」

 ペンデックがあくびをすると、ジュジュールが駆け寄ってきた。

「あ、あの!師匠っ!」

「弟子にした覚えはない」

「だから、今からお願いするんだ!オレ、アンタに方円術を教わりたい!ああやって人の助けになりたいんだよ」

「イヤだ」

 即答したペンデックは、目を細めてジュジュールを眺めると、ため息をついた。

「人助けなんざ方法次第でいくらでもできるんだ。術を覚えることだけが、ばあちゃん孝行じゃない。それに、俺は人に教えるのが大嫌いでね。特に出来の悪いヤツには」

 あまりにも言い過ぎだ。ジュジュールがうつむいて意気消沈してしまったではないか。ロティは術師に噛みついた。

「ペンデックさん、目の前で不幸が起きている人に何て言い方するんですか!」

「言い方の問題か?しかしねえ。こればかりは無理だ」

 なおも言い返そうとするロティを制し、ジュジュールが小さな声でつぶやいた。

「オレのばあちゃん、生活大変なのにオレなんかを引き取っちゃったから苦労してんだ」

 ウスライがジュジュールに優しく声をかけた。

「祖母殿は、大切な孫のために当然のことをしてきたのだろう」

 ジュジュールはチラリと村人たちと一緒にいる老婆の姿を見ると、

「違う、違うんだよ」

 鼻をすすった。

「あの人、ボケちゃってるんだ。オレは本当の孫なんかじゃない。山賊の子どもだったらしいんだ。山ん中を馬で駆け回っていた時に、沢に落ちたところをカウの村人に助けられたって話だ。でも山賊の仲間と知って、村人はオレを山に追い返そうとした。その時に助けてくれたのがばあちゃんだよ。一生恩に感じている。楽にさせてやりたくて、それで」

 必死に涙をこらえる赤毛の少年に、ペンデックは口をひん曲げた。少しだけ自分の態度を反省したようだ。

 ウスライが老婆から預かった帽子を取り出し、ジュジュールに見せた。

「では、これはやはりジュジュールの物ではないのだな」

「はは、当たり前じゃん。だってそれは祖母ちゃんの死んだ子どもの帽子だから……」

 それも忘れてんのかよ、ジュジュールはついに泣き出した。何と声をかけてやれば良いのだ。夢を抱いて村を出発し、夢も果たせぬまま戻ってみれば故郷は火の海だったのだ。


 こんなに良いやつなのに――。


 すると、突然ペンデックがジュジュールの赤毛を引っ張った。

「いぃてて」

「術師には向き不向きがある。残念だが、お前は向いてない。なぜなら、お前は優しすぎるからだ。村に戻ってきて何より先に物見やぐらの下敷きになった村人を助けたと言ったな?そこに相手の術師がいたらどうする?真っ先に消されるのお前だ。力を察知したら、相手の方円陣や気配に全神経を集中しなきゃダメなんだ。常に冷静に、時には冷酷でないといけない。わかるか?」

 ウスライが少し微笑んだように見えた。

 ペンデックは続ける。

「いいかアカゲ。高い授業料を払ったと思ってよく聞け。お前の祖母さんは、お前を孫だと思っている。それに何の不都合があるんだ?真実じゃないからダメなのか?それはアカゲだけの問題だ。祖母さんにとって孫はお前で、術師になるより近くにいて欲しいと心から願っているんだ。あとは、自分で考えろ。ついでに言うと方円術は儲からない。本当におすすめしない。俺も転職したいくらいだ」

 目をしばたかせるジュジュールの肩に半仮面の女剣士が手を置いた。

「ジュジュールはまだ若い。もう一度考えて、それでも術師になりたいなら修業に出れば良い。祖母殿とて、あとどれくらい生きられるかわからないのだ。それまで一緒にいてやるのが最上の孝行ではないだろうか?」

 ジュジュールは自分を納得させるように何度もうなずいた。そして、また肩を震わせて泣いた。少しでも赤毛の少年の心が癒されるように、ロティは心の中で燦爛たるスチルに祈りを捧げた。そこへ、村人たちの手伝いを終えたピクスが、こちらに向かって歩いてきた。そして、突然ジュジュールの頭を引っぱたいたので、全員が目を丸くした。

「馬鹿ジュジュール!アンタ何してんのよっ!ウスライに言われたこと忘れたの?あの女を取り逃がした責任は果たさなきゃいけないんだからね。早く行くわよ!」

「ひ、ひどいじゃんかよ。オレだって……」

「泣いたって仕方ないでしょう!アンタより苦しんでいる人間なんてウジャウジャいるんだから、生きていることに感謝しなさいよ。ほらほら、早く!」

 眉を釣り上げるピクスにウスライが声をかけた。

「我々はヒタムに向かう。聞けば通行許可証がいるそうだが、他に手はないのだろうか」

 するとピクスはふてくされながら、何かを差し出した。

「私たちにはもう用なしだからあげる。このペナントを見せれば問題なく正面から行けるわ。ペンデックはジュジュールからもらってちょうだい。ロティは、そのままボンヤリした顔で行けば衛兵も無警戒で入れてくれるわよ」

 その言葉に、一同が笑った。さすがに少し腹が立ったが、ジュジュールが元気を取り戻したみたいで安心した。ペンデックはニヤニヤとこちらを笑いながら、ジュジュールからペナントを受け取った。

 ピクスは馬に飛び乗ると馬首を南に向けて、ジュジュールに叫んだ。

「私はトゥラヒールに向かうわ。アンタはキャースグリーに行きなさい。明朝には落ち合うわよ。はぁっ!」

「ま、待ってくれよっ!本当にお前ひとりで平気かよ?」

 ジュジュールは慌てて馬に駆けて行った。

 ピクスも一緒にいてくれるおかげで、ジュジュールは強さを持ち続けていられるはずだ。今は二人の力を信じよう。


 村人たちもすでにロティたちには気を留めず、残った家屋から衣類や食料を運び出し、男たちを中心にして避難の準備にとりかかっていた。

「もう、平気だろう。行くぞ」

 ペンデックが歩き出した。

「え?このまま真っ直ぐヒタムに行くんですか?」

 ウスライが空を見上げて静かに言った。

「もうすぐ日が暮れる。この先、ヒタム手前の湿地帯は足場も悪く危険だ。野宿をして、早朝から入るのが良策だと思う。いかがだろう」


 異議なし、術師は軽やかに答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る