強襲

 ペンデックは木箱を白い布で丁寧に包むとロティに寄越した。

「そのご夫人によろしく」

「ちょ、え?待ってくださいっ」

 この人、一体何を考えているんだ?

「こんな危険なもの、おれに返されても困ります」

「俺にそんなこと言っても困ります。ずっと持ち歩いていただろうに、何を今さら」

「意地悪言わないでくださいっ。普通は助けてくれるものでしょう?」

「自分の普通の基準を他人に押し付けるものじゃないな。そもそも、異界の者を呼び出した人間が、責任もって元の世界に戻してやるのが決まりだ。そのご夫人が呼び出したのかどうか知らんけど、中途半端な術の尻拭いはゴメンだね。仕事ならともかく、無償で命賭けるほど俺はお人好しじゃない。そもそも召還術は嫌いなんだ。異界の者と関わって得することもないしな。とにかく俺はお断りだ」

 信じられない。ここまで完全に言い切られるとは思わなかった。

 呆然とするロティをよそに、ペンデックはテーブルに並べた宝珠を片付け始めた。本当に助ける気はないようだ。

「ムアレ夫人は誘拐されてしまったんですよ!きっと、この宝珠が原因で……」

「それこそ専門外だね。町の警備兵にでも頼んだらいい」

 ペンデックはあくびをした。そして、もはやロティの方には目もくれず、ずっと黙ってやりとりを聞いていたウスライに向き直った。

「それより、俺はアンタの剣がさっきから気になって気になって仕方ないんだがね」

 ペンデックは微笑んだ。その人懐っこい笑みだけなら、きっと多くの人を魅了するだろう。それくらい心に入り込む何かがあった。

 実際は全然優しくないけど――ロティはふてくされた。

 ウスライは腰の細身の剣を外し、ペンデックに見せた。

「これだろうか」

「かなりの年代物だと思うね。どうだい?」

「確かに先祖代々伝わっているらしいが」

 右半面の口元が困ったように歪められた。

「抜けないのだ」

 カチャカチャと剣の柄が鳴った。

「どんなに力を込めても無駄だ。おそらく今までも抜けたことなどないのだろう。昔から大事なものだと聞いて持ち歩いてはいるが、その仔細はわからない。私には肌守りみたいなものだ」

「アンタの家は剣士の家柄なのか?」

「そんなご大層なものではないが、生業にしていたようだ。だが、私は剣術より旅の記録を書いて暮らす方が性に合っている」

 ウスライはそう言ったが、ロティには、あのゴロツキ相手の身のこなしが素人とは思えなかった。謙遜しているだけなのだろうか。

 ペンデックはウスライから剣を受け取ると、にわかに嬉々とした顔になった。

「なるほどねえ。こりゃ抜けないさ。結界だ」

「何?」

「柄の部分を見てみな。小さいけど、この彫り物は方円陣になっている。術師専用にこしらえた剣は、力を温存するために、時々こういう細工をすることがある。しかし、良い剣だ。二〇〇年は経っているかな」

 良いなあ、欲しいなあとペンデックは大人気ないことを言った。

「欲しい、と?」

「やっぱりダメかい。家宝だもんな」

「家に置いてあった剣の中でも、確かにこの剣だけは特殊で、形状も材質も他のものとは違っていた。実際は誰かからの借り物かもしれない。しかし、家族がいない私にはもう確認のしようもないのだ。欲しいのなら差し上げても良い」

「えっ?」

 ロティは思わず声を発した。

「ウスライさん、そんな簡単に言ったらダメですよ。大事なものなのに」

「ロティの言うことは最もだが、特に私には使命もない。旅を続けられればそれでいいのだ。有効に使われる方が剣も喜ぶだろうしな。その代わりとしては何だが……ペンデック卿、ジュジュール少年の捜索に力を貸してもらえないか。ヒタムの秘密結社、イヤな予感がするのだ」

 ウスライがペンデックを見据えると、術師は剣を右手で器用に回し始めた。苦笑いを浮かべている。

「ちゃっかりしてるねえ。しかし、それは良い条件だ。高度の方円術には剣が必要でね。こいつは形も長さも良いし、軽くて振りやすい。買うとしたら、きっと百万リブはするだろうな。よし、ご依頼をお受けしよう。剣はいただくよ」

 ウスライもうなずいてそれに応じた。さっそく、ペンデックは細身の剣に青紫色の破の宝珠(結界を解くのに使うとさっき習った)を軽くぶつけた。そして、左手で器用に指を曲げ、右手で柄を弾いた。

「解除」

 ゆっくりと鞘から剣が抜かれた。気のせいだろうか、刀身が少し発光しているように見える。ペンデックが目を細めた。

「綺麗だ」

 不思議な光だ。自分の部屋で見た木箱の怪しい光とは違う。優しくて、温かくて、何だか眠くなるような――。

 その時だった。

 向かいに座っていたウスライの黒い影が急に躍り上がった。

「―っ!」

 それと同時にペンデックの身体が横に大きく動き、イスが転がった。

「ど、どうしたんですかっ」

 ペンデックの左頬に小さな傷がつき、血がにじんでいる。そして、ロティは信じられないものを見た。ウスライが背をかがめ、右手に二本の短剣を握っている。左手はだらりと垂れ、顔はうつむいていた。

「ウ、スライさん?」

「近づくな」

 ペンデックはロティを制すると、一歩、ウスライに近づいた。次の瞬間、ウスライはそのままの体勢から急に飛び上がったかと思うと、恐ろしい速さでペンデックの喉元に向かって二本の短剣を交差させた。寸でのところで、その腕を掴み、術師は好戦的な顔をして言った。

「ここに来るまでに、何があった?女剣士殿」

 半仮面の女は答えない。


「その目。さては呪いを何処かでかけられたな。狙いは俺かい」

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