第2話 職場のアイドル? VS大好きな人?
ある冬のとても寒かった日の事。マミーに住田佳奈が訪ねてきた。佳奈は少し前にここを辞めた元アルバイトで、やはり僕の後輩だ。
彼女はいい部屋ネットとかコロプラのCМに出ていた女優のH.Sにそっくりな顔で、ウエストがキュッと締まったスタイル抜群の女の子。モデルとか女優としてスカウトされても驚かないくらいの女性で、いわば職場のアイドルだった。
そのあとすぐふいに肩をたたかれて振り向くと、今度は藤森まどかがいた。まどかも佳奈程ではないがかなりルックスのよい娘だ。
彼女は僕より年はかなり下だけれども、ここでは先輩だ。新人の頃はずいぶん世話になった。仕事を教えてもらった事やミスをカバーしてもらった事は数知れず。そんな訳で彼女には頭が上がらなかった。
「ねえ、今日7時あがりだよね。そのあと何か予定ってある?」
「いや、特にないけど」
「実は佳奈にあなたが7時までだって事を私が教えたの。佳奈はあなたに会いに来たのよ」
「噓でしょ。佳奈ちゃんが僕に会いに来たなんて」
「本当よ。だから今日は佳奈を家まで送ってあげて欲しいの。何か大事な話があるみたい」
「別にいいけど、何だろう話って」
「きっとびっくりすると思うよ。フフフ」
まどかの言う通り、その日僕は心臓がとまるかと思うくらいびっくりさせられた。なにせ職場のアイドルだった佳奈から愛の告白をされたからだ。でもその時はまだそんな展開になるなんて全く予想すらしていなかったんだ。
(たしか佳奈ちゃんは仲田達郎とつきあっていたはず。達郎となにかあって、相談したいんだろうか?)
達郎もやはりマミーの元同僚で、背は低いけれど個性派俳優のT.F似のモテ男。佳奈を射止めて付き合っているらしいという噂があった。
能天気にそんな事を考えながら少しウキウキしている僕がいた。なにせかつての職場のアイドルが自分に会いに来たというのだ。嬉しくないはずがない。とはいえ、まさか告白されるなんて。
佳奈はどんなイケメンだろうが金持ちの男だろうが簡単に落とせるような女性だ。ごく普通で何の取り柄もない僕に惚れるなんてあり得ない。そう思っていた。
そして僕はこの日、いわば人生最大にして最悪の失敗とでもいうべき愚行をする事になる。
「おまたせ。やっと仕事終わった。佳奈ちゃん久しぶりだね。元気か?」
「はい。次の仕事も決まりました」
「へ~どんな?」
「別のレストランです」
そんな感じの挨拶を一言二言交わしてから、本題に入った。
「でも本当に僕に用があるの?」
「そうなんです。迷惑ですか」
「いやいや、そんな事ある訳ないじゃない。じゃあ行こうか」
佳奈を助手席に乗せて、僕は車を出した。しばらくは佳奈がまだバイトしていた頃の話とかをとりとめもなく話していた。そしてついにその時がきた。
「実はね……私、ずっとずっと相原さんの事好きだったんです。だから私と付き合ってください!」
(え~っ! 今なんて言った?)
あまりに突然で予想外すぎる言葉に、僕の心臓は爆発寸前、頭の中が真っ白になった。
「ぼ・僕で良ければぜひ。よろしく」
しどろもどろになりながらもなんとか返事をした。そのあとの佳奈の嬉しそうな顔は今でも忘れられない。でも、他にどんな言葉を交わしたのか、全く思い出す事が出来ない。それくらい動揺していた。
なにせ女の子から告白されたのは生まれて初めての経験だったから。しかもその相手がかつての職場のアイドルだなんて。
少なくとも、その時にはこれが人生最大最悪の失敗だなんて考えもしなかった。他に選択肢はない。あの佳奈から告白されて交際を断る男なんているはずがない。そう思い込んでいた。
でも、どんなに動揺しようが、まわりに大馬鹿者だと言われようが、職場の男達全員を敵に回す事になろうが、僕は断るべきだった。なぜなら他に大好きな女性がいたのだから。
そう、もちろん裕美の事だ。
あんなに好きだった裕美の顔を、なぜこの時には思い出せなかったのだろう。言い訳にはならないけど、目の前にいた女優並みの美女と付き合えるというあり得ないはずの現実と、言葉は悪いけど若さゆえの男としての本能がすっかり僕の目を曇らせていた。交際拒否というもう一つの選択肢であり正解肢を見えなくしてしまう程。
もし仮にタイムマシンがあって、今の僕が当時の僕に会いに行って「絶対に佳奈の告白を受け入れるな」と言ったとしても、たぶん説得するのは無理だったろう。
こうして僕は佳奈と付き合う事になった。
佳奈から告白された次のバイトの日。驚いた事にマミーでは僕と佳奈が付き合う事になったという話で持ち切りだった。おそらく、まどかが誰かにしゃべって人づてにどんどん拡散したのだと思う。
まず口火を切ったのが石野浩二。浩二はマミーの先輩である。
「裕介聞いたぞ。お前佳奈ちゃんと付き合ってるんだって」
「石野さん、何でそんな事知ってるんですか?」
「まどかから聞いた。すっげー羨ましい。俺密かにあの娘狙ってたのに」
(こりゃ当然裕美にも伝わっているかな。どうしよう)
この日、裕美は僕が出勤してから2時間後のシフトに入っていた。
見た感じではいつもと変わらない。いつものように挨拶した後……
「裕介おはよ。聞いたよ。佳奈さんと付き合う事になったんだって?」
「誰から聞いたの?」
「もう昨日からずっとその話で持ち切りだよ」
この日の前日は僕は休みをもらっていた。どんなやりとりがあったのか想像しただけで恐ろしい。
「よかったじゃん祐介。マミーのアイドルと付き合えるなんてさ」
「ありがとう」
見た目では全くショックを受けているようには見えなかった。
(裕美は僕の事好きじゃなかったのかな? 結構ショックだ)
なんて勝手な事を考えていたのだろうか。
でも、この日を境に裕美の馴れ馴れしさと紙一重の人懐こさがなくなり、ほとんど口をきかなくなってしまった。もちろんデートに誘う事は出来ない。裕美とはただの友達になったのである。
少なくとも初めのうちは毎日が楽しくて仕方なかった。きっと周りからは変な人と思われるくらいニヤニヤしてたんじゃないかな。とにかく舞い上がっていたんだ。
僕自身の中身は何も変わっていないのに、佳奈の彼氏になったというだけで、自分が凄い人にでもなったかのような勘違いをしていた。
佳奈と付き合ってみて分かったのは、この娘は僕が思っていたよりもずっと誠実で、思いやりのあるとてもやさしい女性だったという事。
佳奈はそのルックスの良さゆえに、職場では悪い噂が絶えなかった。すごい遊び人で2股どころか数人と同時進行してるとか、男心を弄んで手玉に取る悪女だとか。正直付き合い初めの頃はこんな事も考えていた。
(もし佳奈が噂どおりの人なら、上手く騙されてみたいな。それはそれでいい経験かもね)
でも違っていた。全部ただの根も葉もない噂に過ぎなかった。本当に理想の恋人といっても過言ではない、いい女。はっきり言って僕にはもったいなさすぎる。今でもなぜ僕の事を好きになってくれたのか良く分からない。
そんな訳で、一度はこんなふうに決意した事もあった。
(もう裕美の事は忘れよう。これからは佳奈との新しい恋を育てていこう)
しかし、その後僕は佳奈という一見理想と言える恋人を得た代償に、失ったものがいかに大きく、僕にとってかけがえのない大切なものだったのかと思い知らされる事になる。徐々に、真綿で首を絞められるかのように。
決して佳奈との相性が悪かった訳でも、佳奈との日々がつまらなかった訳でもない。
ただ、裕美との相性が良過ぎたんだ。裕美との日々が楽し過ぎたんだ。
どれ程裕美の事が好きだったのか、失くしてから気づいた。
佳奈と会っている時も、思い出すのは裕美の事ばかり。きっと態度にも出ていたと思う。それでも佳奈は僕の事を責めたりはしなかった。それがかえって僕の後ろめたさを増幅した。心苦しさを拡大した。
少しづつ佳奈とのデートの間隔は広がり、電話も次第に減っていった。
こうして佳奈との付き合いは、どちらからも別れを切り出す事もないまま、いわゆる自然消滅という形で終わった。
僕は裕美との関係を失っただけでなく、佳奈の事も傷つけてしまったかもしれない。多分、告白された時すぐに断る以上に深く。やはり即答で交際ОKの返事をしたのはとんでもない失敗だった。
そして裕美とは音信不通になったまま、時はあっという間に流れた。本当に自分の命が残り少なくなってしまった今、この青春の
あれからもう20年。今から告白するなんて正気の沙汰じゃない。あまりにも遅すぎてどうしようもない。そんな事は十分承知の上で、それでも僕は裕美に告白したくなった。
ただ、もしかしたらその目的を果たすためには超演技派の俳優にでもなったつもりで、「一世一代の大芝居」を打たなければならなくなるかもしれない。僕にそんな事可能なんだろうか。でもやるしかない。
まだ元気だった頃、一度裕美に会いたくなって、裕美の家の近くをぶらついた事があった。偶然会えたらいいなという目的だった。
正直こんなストーカーみたいな事はしたくなかったけど、佳奈との一件以来ほとんど口を利くこともない程、気まずくなってしまったので、直接連絡して会うのはちょっと気が引けた。この時はまだどうしても会いたいという程ではなかったし。
やっぱりドラマみたに偶然出会えるなんて都合のいい事は起きなかった。裕美の家はマミーのすぐ近くにある。残念ながらマミーは倒産してしまった。その事は知っていたけど、実際に現地が様変わりしたのを確かめた時にはすごい寂しさを感じた。
更に最寄り駅が地上から地下に変わっていて、この街の変化がもう裕美とは会えないかも知れない事を示しているようだった。
その後、風の噂で、裕美が結婚したらしいという話を聞いた。
もう、この時点で裕美と音信不通になってから10年以上が経過してたから、いくつも新しい恋をした。裕美の事なんてとっくに踏ん切りがついたものだと思ってた。
それなのに、次々と涙が溢れてきて止まらないのは何故だろう。さようなら裕美。そして僕の青春。
だから、告白といってもあくまでも「遠い昔の思い出話の一環」として笑って話せるように伝えなければ。今の裕美の幸せを壊したくない。僕はもう裕美を幸せにすることが不可能な、残り3か月の命なのだから。
そして、絶対に病気の事は悟られないように注意しなければならない。
もし病気の事を知られれば、もう笑って話す事は出来なくなる。
これが一世一代の大芝居。
◇◇◇◇◇◇
第1章 若き日の過ちまで読んでいただきありがとうございました。
もし裕美の天真爛漫なキャラに惹かれたり、祐介の不器用さに「しょうがないな~」なんて感じたら、ぜひ★評価や♡評価とフォローをお願いします。
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次から第2章に入り、話は現代に戻ります。第1話は祐介が裕美と連絡をとって20年ぶりに再会します。いったいどうなるのでしょうか? お楽しみに。
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