第2章 僕は再び「好きだ」と言えない恋をする
第1話 あまりにも遅すぎた告白
僕は20年ぶりに裕美の実家に電話をかけた。新居の連絡先を聞くにはこれしか方法がないからだ。驚いた事に電話に出た裕美の母親は、僕の事を覚えていた。
「もしもし……どちら様ですか?」
「相原祐介と申します」
「もしかして……もうかなり前かしら、裕美に良くお電話下さった
「はいそうです。ご無沙汰しております」
(一時はほとんど毎日電話してたからな……)
やはり噂は本当だった。裕美は5年前に結婚していて、今は葉山姓から清水姓に変わっている。裕美を射止めた人は清水さんていうのか。マミー関係者じゃないな。多分全然知らない人だろう。子供が2人いるそうだ。新居は横浜。でも、当然連絡先は本人に確かめてからでないと教えられないとの事。
そりゃそうだよね。予想できた事とはいえ、このハードルは高い。果たして裕美は、母親が僕に現連絡先を伝える事を許可してくれるだろうか。
残念だけど、それが無理なら諦めるしかない。さすがに探偵を雇ったりするのはフェアじゃないし。
僕の危惧をよそに、翌日裕美の母親から電話があった。本人の許可を取ったうえで現連絡先を教えてくれたのだ。なんと携帯電話の番号まで。これは助かる。固定電話だと旦那さんやお子さんが出たりして面倒な話になるかもしれない。
それにしてもよく裕美の許可がとれたものだ。逆にいえば裕美にとってはもう僕は過去の人に過ぎないって事でもあるな。そう考えると寂しくもある。
僕は裕美の携帯に電話を掛けた。初めて電話する時以上に指が震えた。
「もしもし、清水裕美さんの携帯でよろしいでしょうか?」
「祐介? 祐介だよね!」
「そうだよ。久しぶり」
「もう電話くれる事はないかと思ってた。だから、昨日お母さんから電話で祐介が連絡先を聞いてたけど伝えてもいいかって聞いて、即ОKしたよ」
「裕美元気だった? 20年ぶりだよね」
「まあまあかな。祐介は?」
「もちろん健康過ぎて困るくらいだぜっ」
おっと、あまりわざとらしいと病気がバレる。あぶないあぶない。
「そうだ、お母さんから聞いたよ。遅くなったけど結婚おめでとう。結婚式行きたかったな」
「ありがとう」
「裕美のウエディング姿を見たかった。たぶん似合わないだろうけど」
「……」
「あのさ、旦那さんってどんな人なの? 2人の馴れ初めは?」
「ねぇ、祐介」
「ん?」
「そんな話がしたくて電話してきた訳じゃないよね。用件を言って」
忘れてた。昔から裕美は人の心を読めるんじゃないかっていうくらい変な鋭さがあったんだっけ。
それにしてもあの馴れ馴れしさと紙一重ともいえる裕美の人懐こさは影をひそめて、すごく事務的で他人行儀な口調になったな。そりゃそうか。もう裕美はあの頃のような女子高校生じゃないんだから。
「あ、ああ。久しぶりに会ってくれないかな。つもる話もあるし」
「いいよ。今度の日曜日なら」
断られる可能性も高いと思ってたけど、思ったよりスムーズに話が進んだ。
そしてついに運命の日が来た。
かつて何度もドライブで行った、港の見える丘公園の展望台で10時に待ち合わせ。ここはベイブリッジを一望できる絶景スポットだ。
「お~い、裕美こっちこっち」
「わー祐介、ずいぶんしわしわになっちゃったね。」
「どの口が言うか、君だってすっかりオバちゃんになっちゃってさ」
「祐介さ、ちゃんとご飯食べてる? ずいぶん痩せたんじゃない?」
ちょっとドキッとした。病気だってバレなきゃいいが。
「そんな事ないよ。少し前までメタボ気味でさ、健康のためにダイエット中」
「それって皮肉? たしかに私はデブだけどさ」
「ぽっちゃりだけど、デブじゃないんじゃない。ところで今日は旦那さんとお子さんは?」
「3人で釣りに行った。私は釣りはしないから」
「そうなんだ」
マミーが倒産した事について裕美と色々話をした。実は上手く告白につなげる伏線だ。
「マミーでバイトしてた日々は、僕の今までの人生で一番楽しかったんだよ。何故だかわかる?」
「佳奈さんとつきあってたから?」
「そうじゃない。単刀直入に言うよ。今までずっと言えなかったけど、裕美、君の事が好きだったんだ」
やっと言えた。あんなに言えなかったセリフがいとも簡単に。これが余命3か月で失うものがない事の威力か。
でも、上手く伝わらなかった。
「何言ってんの。そんなの信じられっこないじゃん」
「本当だ。信じて欲しい」
「無理。ならなんで佳奈さんと付き合ったの?」
「それは……」
裕美はこちらを見ようとしない。こればっかりは本当に言い訳のしようがない。もうひたすら謝るしかないよな。
「本当にごめん。一時の気の迷いとしか言いようがない。でも信じてくれ。佳奈とはあまり続かなかったんだ」
「そんなの勝手すぎるよ」
「どうしても君の事が忘れられなかった。佳奈と会ってても君の事ばかり考えてた」
「……」
ふと裕美の顔を見ると、そこには一筋の涙が。
(裕美……泣いているのか?)
まずい。このままではとてもいい思い出話なんて出来ない。病気の事だって言わなければいけなくなるかもしれない。
どうしようかと頭をフル回転させていると、長い沈黙の後、裕美が話し始めた。
「やっと言ってくれたんだね。遅すぎるけど」
「本当にごめん」
「私の気持ちを知りたい?」
「もちろん」
「私も祐介の事大好きだったよ。誰よりも」
そうだったのか。やっぱり20年前に告白したかったな。もう取返しがつかないけど。
「でもね……最初に言っとく。あくまでも20年前はっていう事。今はもう祐介の事は何とも思ってない。だから正直すごい迷惑なの」
「そうだよな」
当り前だ。今や人妻で2人の子供を育てているお母さんなのだから。悲しいけど仕方がない。でもこれでいい思い出話ができそうだ。
「だから会うのはこれで最後にして。もう2度と電話もしないで」
「ああ。今日はそのつもりで来た」
余命3か月って事は、もうまもなく普通の生活は出来なくなるだろう。こうなる事は覚悟の上だ。でもやっぱり悲しくて涙が出そうになった。
こうなったらもう伝えたい事は全部今日伝えなければ。聞きたい事は全部今日聞いておかなければ。
「裕美、僕のどこが好きだったの?」
「そんなの全部に決まってるじゃん」
「最後なんだからさー、もっと真面目に答えてくれてもいいでしょ」
「大真面目だよ。ちなみに一目惚れに近かったから一番好きなのは見た目かな」
「それは信じられないなあ。僕なんて全然イケメンじゃないっしょ」
「そんな事ないって。祐介すごくカッコよかったよ」
「うそつけ」
「今はオッサンになっちゃったけど」
「あいかわらず一言多いな~」
「マミーで断トツの美人の彼氏だったのに、何故そんなに自信ないかなあ」
「……ありがとう」
「そういう祐介こそ私のどこが好きなのか言って」
「全部」
「人の事言えないじゃん! ただちに因数分解せよ!」
「なんだよ因数分解って……まず、その笑った時の顔が好きだな。それから声も毎日聞きたいくらい好き。しゃべり方もすごい魅力的だよ。あとは髪の毛をいじる癖がすごくかわいいと思った」
「後は?」
「話を聞く時の頬杖のつき方、足を組み替える仕草、全然おしゃれじゃないのにかわいらしい服のセンス、左利きな所、紙一重でデブじゃないぽちゃっとした体形、でかい胸。あーもう言葉じゃうまく言えない。もうとにかく全部好きなんだって」
「分かった分かった。これくらいで許してあげようかな」
◇◇◇◇◇◇
読んでいただきありがとうございました。
次の第2話は、祐介は裕美が「あざと可愛い娘」だった事に気づきます。いったいどういう事なのでしょうか? お楽しみに。
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