第13話「事実は小説より奇なり」
日本中に散布されたGG細胞は、瞬く間にその感染者数を増やした。GG細胞感染者は「グリゴリ」と呼ばれ、悪意に染まった思考回路のもと、次々と人を襲い同族とした。
自我を失い常人を超えた膂力を持つ彼らを、政府は意識錯乱者という扱いで殺処分するしかなく、「その処分方法は人道的でない」という世間の批判を恐れた政府はその存在を隠匿した。一方、裏ではそのメカニズムの解剖のため生物学の権威が集められることとなった。
アダムに所属していた洞口教授が、細胞生物学の権威としての地位を維持していたことはアーヴィンにとって幸いだった。十数年近く『特殊細胞』を研究していた洞口からすればそれは壮大なマッチポンプであり、洞口がGG細胞感染者対策組織の長として任命されたことは、半ば必然であった。
政府の全面支援を受けて設立されたその組織は、「エデン」と名付けられた。
「"エデン"か・・・。随分と大層な名前を付けたな、アーヴィン。いや、今は伊集院博士か。」
エデン本部のある都心の超高層ビル。その屋上から夜景を見ながら、洞口教授が呟く。
「いい名前だろう。僕にとっては、神の力という"禁断の果実"を齧ってマリアに会いに行くための楽園。だからねぇ。」
ソファに深く座り、くっくっく、と笑うアーヴィンに、洞口教授は一抹の不安を覚える。
「君は本気で彼女に会うために――、過去に戻るつもりか?」
「あぁ、そうだよ教授。」
「はっきりと言うが。君のその執着は異常だよ、アーヴィン。」
半ば心配するように、アーヴィンに告げる洞口。
「知らないのかい、洞口教授。」
どこからともなく出してきた林檎を丸かじりしながら、彼はあっけらかんと言う。
「愛なんて所詮、依存から来る脳の疾患だよ。」
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2012年2月22日
エデンにて、「GG細胞を用いた能力者」の開発に成功する。言うまでもなく、これはアダム時代に成しえた技術の流用である。
最初の被験者「試作第零号」に選ばれたのは、齢わずか8歳の少女「七瀬しおん」だった。かつて『能力開発研究機関』のパトロンだった七瀬の娘である。実験失敗に際して被験者に後遺症が残った場合でも批判を集めづらい人間―――主に身寄りのない子供など―――を選定していた際、飛びぬけた適性を持って選ばれたのが彼女だった。
幼いころにアーヴィンの手によって家族を失い、その莫大な遺産を求めた親族の欲望に晒され続けた少女。その「悪意」は底知れず、想定の数倍近いマナ発動率を記録した。
七瀬は、次々と繁殖・出現するグリゴリの駆除に成功し、政府からは能力者の有用性を認められることとなった。この実験成功を皮切りに、エデン製能力者の量産は加速していく。
アーヴィンの傀儡である洞口教授が責任者となり、その配下の数万を超える人間が対グリゴリの研究・対策として能力者開発を行う。まさにアーヴィンが求めていた体制だった。
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2013年10月11日
能力者開発を始めて1年半が経過したが、かつてない頻度で能力者を生産しているにも関わらず、未だ『時間を巻き戻す力』を持つ人間が現れないことに、アーヴィンは辟易していた。
そして彼は、『Cry St.Aria Project』(別名:上位存在顕現研究 Type:A)を提唱する。
世界に影響を及ぼす能力全般を『神の力』と名付け、それを発動できる能力者を開発するプロジェクト。
これは、能力開発研究機関時代にマリアを被験者として実施した『AG細胞』の研究と同じものだ。『AG細胞』に適合する聖母のような人間を選定し、圧倒的な精神的負荷をかけ、『AG細胞』の『願い』の力を発揮させる。
まさに、聖者の泣き叫ぶような歌声を現世に響かせる計画。
また、その裏では『DV細胞』を用いた上位存在顕現研究 Type:D も開始された。『願い』の力ベースでなく『欲望』ベースでも過去に戻る力は発現するのではないかという洞口教授の案である。
国家規模の潤沢な予算を手に入れたアーヴィンの実験は、瞬く間に進歩していった。
「結局、僕はここに立ち戻るのか。」
数十億の費用を投じて再現された『能力開発研究機関』の研究施設。無機質な白が、彼の目を眩ませている。
「そう言うな、トライアンドエラーは、君の希望でもあるだろう?」と、洞口。
「はは、確かにね。」
アーヴィンは一笑に付すと、腕時計を眺め、呟く。
「もうすぐ・・・。君のいる世界に帰る・・・。」
「人類が幾度と抱いてきた希望。僕は、その実践者となるんだ。」
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2016年12月19日
『Cry St.Aria Project』が開始されてから、3年が過ぎようとしていた。
アーヴィンの実年齢はいつの間にか40近くなっていたが、その外見は「憤怒」のDV細胞の副作用で19の外見を保っていた。
変わらぬ毎日。退屈な日々。
眠りに落ちるたびに見るマリアの顔も、もはや薄れつつある。
いつも通りのルーチンでグリゴリの被害状況と発生個所の出現報告を聞き、能力者によるグリゴリの駆逐状況をまとめ、エデンの責任者"伊集院博士"としての業務をこなす。一方で、洞口の元を訪れ、"アーヴィン"として能力者の開発状況を聞く。
一度失敗した人生は、もう取り返しがつかない。ここは、終わった世界だ。
きっともう死ぬまで僕はこうなのだろう、とアーヴィンは考える。
だが、その日はいつもと違う一日となった。
「未来を・・・見通す力?」
洞口からの報告に、咥えていた食パンを齧りながら猜疑の目を向けるアーヴィン。
「そうだ。被験者 A009-7245が、そのような能力を発現したと申告している。」
洞口は手元のMacbookProを軽く叩き、証明するように彼女の経歴と聞き取り調査票を広げた。
「メアリー・ミラー 17歳、か。面白いね。僕が奪う価値のある"能力"かもね。」
正直、この能力の有無でマリアに会えることに繋がるとは思わない。
だが、今後自分がマリアに会えるのかどうかくらいは見えるかもしれない。
「さっそく面談の時間を手配してくれ、洞口教授。」
アーヴィンは思わず口角を吊り上げ、目を細め、ニンマリと笑顔になってしまう。
「・・・相変わらず笑顔が下手だね、アーヴィン。子供が泣きだすよ。」
そう吐いた洞口教授の顔も、心なしか浮かれているように見えた。
~
その日の午後、メアリーをエデンに呼び出したアーヴィンは、『強奪』の力を使って彼女の能力を奪い取った。そしてこれが、彼にとって運命を変える出会いとなった。
「どうかね、アーヴィン。メアリーの能力は。・・・アーヴィン?」
未来が見えると言っても、大したことはないだろうと一笑に付すように洞口が訪ねる。
だが―――。
「なん・・・だ・・・この能力は・・・・・・・!」
アーヴィンが能力を発動した瞬間、脳内に流れ込む膨大な量の情報。思わず膝をついてしまう。
映画のダイジェストを見るように、未来の光景の場面場面が、頭を埋め尽くしていく。
「これが、これから僕が見る未来、僕の運命なのか・・・!?」
まるで少年漫画の主人公のような"悪魔の力を使う少年"と、まるでその世界のヒロインのような"蒼い髪の天使"、そして"灰色の髪の少女"が、グリゴリと戦い打ち勝つ未来。
『きっと君と生きていくんだね。どんな夢も叶う気がする。』
そしてその終局で微笑む、マリアと瓜二つの、白い天使の姿。
アーヴィンは、科学者だ。魂というものを信じたことはない。
だが、その衝撃を形容するには、この言葉を用いる他、なかった。
―――魂が、震えた。
懐かしい笑みに、涙が止まらない。
あれだけ世界を壊し続けても出会えなかった、彼女の姿。
「あぁ・・・マリア・・・。マリア、マリア、マリア!!」
まるで、初恋。そうだ、彼女が、彼女こそが、僕の生きてきた意味。
それが能力によって脳に投影された未来の映像とわかっていながらも、伸ばす手を止められない。
「これは間違いなく、マリアだ…。そうか、君は、転生していたんだね。」
彼の心が平常心だったならば、そんな夢物語のような発想は出なかっただろう。
だが、受け入れることのできない現実と、突き付けられた未来が、アーヴィンの血を沸き立たせてゆく。
「君が未来で待っているのなら、僕は君を迎えに行く。」
「あぁ、マリア。僕は君を―――、愛している。」
そして、彼女と黒い悪魔に打ち倒される自分の姿を視たところで、未来視は終わった。
「アーヴィン、どうした。一体何が見えたんだ。」
狼狽する洞口を手で収め、アーヴィンはゆっくりと立ち上がる。
「洞口教授、この能力はただの『未来予知』なんかじゃない。『運命読込』の力。”Destiny Reader”。」
「『運命読込』・・・?本当に未来を視通す力…なのか…?」
「そうだ。そして未来が視えるということは、未来を既定路線から変えられるということ。『未来を視た上で、自分の行動によって未来を希望する方向に導ける』、それがこの能力の神髄。」
「―――"Destiny Loader"。神の力だ。」
僕は目を瞑り、もう一度”未来を追想”する。
"未来の記憶"の中で、僕が叫んだ君の名前。
「『神野 しずく』」。
僕の世界のヒロインは、君だ。君だったんだ。
君(マリア)には、もう会えないかもしれない。
だけど、君(しずく)が未来にいる。
「"トライアンドエラー"は、得意なんだ。」
「僕が君に辿りつくまで、何度だって、幾つだって。君と僕が結ばれない未来を潰してみせる。」
この世界は、終わってなんかいない。
君を知った今日が、僕のこれからの人生の、始まりの1ページだ。
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―――『運命読込』の力は、未来を視ることはできるが、『どんな』行動をすれば、『どう』変わるか、その時が来るまでわからないものだった。
アーヴィンはその力を用いて、『神野 しずく』を自らの手中に収めるため、何度も何度も、彼女の運命に干渉し続けた。希望に満ちた彼女の未来の選択肢を、潰し続けた。
彼女の人生におけるあらゆる希望を破壊し尽くし、自らが彼女の唯一の希望となることが、確実に彼女を我が物とできる唯一の手段だと考えていたからだ。
アーヴィンが行動するたびに、希望に満ちていた彼女の運命は、最悪の方向に変わっていった。だが、そのたびに神野 しずくの運命はアーヴィンの元へ修正されていく。
かつてないほどの罪悪感。マリアを失った時とは違う、絶望感。
あれだけ輝いていたしずくの笑顔が、どんどん消え失せていく。
そしてまた、アーヴィンの精神も常軌を逸していった。
アーヴィンは、贖罪を祈る。神に。もしくは、悪魔に。
あぁ、神様。
きっとこの苦しみを乗り越えて僕たちが結ばれることが、あなたたちが僕たちに与えた運命なのですね。
ならば、僕は何度でも世界を傾けて差し上げます。
斜いた世界を統べる皇として。
---
2021年4月26日
「―――あなたは・・誰・・?」
水晶のような瞳に涙を溜めた彼女が、僕に問いかける。
「やっと会えたね。僕の世界のヒロイン。」
そう、君は、僕だけのヒロイン。
「僕の名前は『斜皇(シャオ)』。」
「君が主役の世界の中で、最強最悪の悪役さ。」
「変身」Season:-1 夏鳴 @dr_0p0
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