2人目 土井天馬 (13)
「長い」
天馬の話を聞き終えた道端の第一声はそれだった。
すみませんと言いながらネクタイをいじる天馬に道端は眉を寄せる。
「しかし、事情は分かりました。亡くなられた三上忍さんは男性ということになります。生年月日、死亡年月日も分かっているとのことですので電話は問題なくかかるかと。あとは、」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
慌てて口を挟むと道端は怪訝そうに片眉を跳ね上げた。
「あの子の性自認は女性だったかもしれないんです。体は男性かもしれませんが、心は女性かもしれないのに男性だと断定してしまうのはちょっと……」
「僕の説明不足もあったかもしれませんが、死者との電話に必要なのは心の性ではなく生物学的性です。持って生まれた性別と自認している性が一致していなくとも何の問題もありません」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
けんもほろろな道端の態度に天馬は項垂れる。
死者との電話を取り持つ管理人ということもあって、もっと情の深い人間をイメージしていたが道端は天馬が想像していた温かく思いやりのある人物像とはかけ離れていた。道端に忍の性別について事細かに話したのは、彼の性別を断定しがたい思いがあったからというのももちろんだが、誰にも理解してもらえなかった三上忍という生徒にまつわる憤りや悲しみに共感を貰えるかもしれないと思ったからだ。
結局あの後、斎藤から死んだ忍の制服のポケットに入っていたというクロスワードが送られてきた。誰がやったのかは知らないが忍作であろうクロスワードは既に解かれた後で、色のついた五マスの文字の言葉も完成していた。それを見た時、何故斎藤があれほどまでに自分をなじるような物言いをしてきたのか、天馬はようやく理解することができた。
色のついた五文字の言葉を並び替えると『どいてんま』になる。忍が死の間際に持っていたクロスワードには自分の名前が書かれていた。なぜ彼が天馬の名前が最終回答となるような問題を作ったのかは分からない。しかし自殺疑い、推定事故死の生徒が一人の教員の名前が隠された紙を持っていれば、生徒の死にその教員が関わっていると考えるのは普通のことだろう。
天馬はお守り兼自戒の意味を込めて、今日そのクロスワードの紙を鞄に入れてきていた。
「俺はあの子を追い詰めてしまった一人かもしれないんです。だからせめて、死んだあの子の本意でないことはしたくありません」
「システム上必要なことですので感情論を言われてもどうにもなりません。ところで、僕には性別よりももっと重大な気がかりがあるのですが」
「気がかり? 何ですか?」
道端はしばらく沈黙して天馬をじっと見つめた。いや、天馬の返答に絶句していたというほうが正しいかもしれない。彼は盛大にため息を吐いた後、
「あなたは三上忍さんに電話が繋がったとして何をするつもりなんですか?」
と尋ねてきた。
天馬は二、三度瞬きをする。
「そりゃあ、俺が言ったことが何か気に障ったんじゃないかとか、本当に事故死だったのかとか、クロスワードのこととか、あの子に教えて欲しいことがたくさんあります。死んでしまった今となっては、知る術もないと思って諦めてましたけど、道端さんの存在を知ってもう一度だけ話せたら、本当のことを言ってほしいと思って」
「そこです」
「へ?」
「言ってほしいも何も、三上忍さんは喋れないんですよね? なのにどうやって本当のことなんて聞こうというんです?」
雷が落ちるほどの衝撃が天馬の脳天を直撃した。
今気づきました、というように口を半開きにしたその表情に再び道端がため息を吐く。
そうだ、話すも何も忍は何も喋れないじゃないか。生きていた頃にできなかったことが死んだ後になってできるようになっているとは思えない。人によってはそういうこともあるかもしれないがあれほど頑なで不器用な忍に、そんな臨機応変な真似ができるとは思えなかった。
どうしよう。苦労して道端に辿り着いたはいいもののこれでは本末転倒ではないか。陸に打ち上げられた鯉のように音もなく口をはくはくさせていると
「まあ、事故死か自死か判別したいとか、死者と会話にならずとも伝えたいことがあるとかいうなら話は別ですが」
と道端が補足する。
無駄に素直な男であるところの天馬は彼の言葉にそれだ! と思わず人差し指を上げた。またしても道端は呆れた顔をするが気にしてはいられない。
「そうです、柵の老朽化による事故死ということで公には片づけられてしまいましたが、俺はそうではないんじゃないかと思っていて。道端さんの電話は自死した人にしか繋がらないんですよね? 事故死だった場合、死者との通話はできないってことで合ってますか?」
「合ってます」
「じゃあそれで! 言われてみれば、気づけなくてごめんとか余計なことしてごめんとか忍に伝えたいことはたくさんあるし、会話にならなくてもそれだけで電話をする意味は十分ありますよね!」
「……そうなんじゃないですか」
至極どうでも良さそうに道端は言う。対して電話をする意味を見出した天馬はよし、と胸を張って息巻いている。
「では、今回の電話の相手は三上忍さん、自死かどうかの判別も含めたご依頼ということでいいですね?」
「はい、それで!」
「……最近多いな」
「はい?」
何でもありません、と言った道端はビジネスバッグから誓約書を取り出し、淡々と説明をする。依頼人から受けた依頼内容については他言しないこと、テレフォンカード代は天馬が負担すること、道端が法外な取引を持ち掛けた場合には警察へ訴えを出すことができること。
それから、今回知り得た情報の一切を秘匿し契約が終了した後には道端へ一切連絡・接近をしないこと。
どの項目にも素直にはい、と返事をして署名をする。道端も自身が守るべき誓約に署名をした。用紙の受け渡しをする際、それまで背筋を正していた道端がわずかに腰を屈める。その拍子にふっと道端の耳が見え、あれ? と天馬は思ったことをそのまま口にした。
「道端さん、柔道か何かされていましたか?」
「……なぜですか?」
「耳の形で分かりますよ。畳に何度も叩きつけられるから潰れてる人が多いんですよね」
道端は返事もせずにぱっと自分の両耳を隠してしまった。そんなことをしてももう見てしまったのだから遅いのだが、どうやらあまり指摘されたいことではなかったようだ。
運動をやっているとよくあることだ。足を使う競技をしている人は爪の先がつぶれていることが多いし、柔道やレスリングをやっていると何度も体も顔も地面へ叩きつけられるから耳の形が歪になることがある。
耳殻の潰れ方を見ると道端もかなりスポーツを嗜んでいるようにみえる。恥ずべきことではないが、スポーツに疎い人間から見るとただ不格好なように見えるかもしれない。
「今から早速電話をかけることもできますし、後日でも構いませんがどちらに、」
「今からで!」
「分かりました。では、行きましょう」
二人は死者と電話がつながる公衆電話があるというホテルへと向かうため席を立った。
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