キータは〈花火〉の現場に戻ると仲間を探した。

キータは〈花火〉の現場に戻ると仲間を探した。


気づけば毎日活気づいている現場にすら、なんの動くものはなかった。


次に、主人たちの館へ向かった。館と言っても、それほど大きくはない。ヒトが眠るための建物と、そのほか、〈花火〉を仕掛ける為の道具が置かれている小屋があった。


キータは主人に報告をしなくては、と思いだしたが、すぐにその予定は消えた。


小屋から仲間たちがみなまっすぐに並べられ、立たされているのを見つけたからだ。その中に黒い身体のアクセルもいた。


みな、キータ以外がただ単に一列に立たされていた。


キータは子猫の冷たさと、アクセルの熱さを比べるように腕を伸ばした。


アクセルも冷たかった。


アクセルの黒い額を撫でたが、やはり動くことは無かった。


あのよく動く、キータに向けられた明るいひとつ目も力なく、光を失っていた。


そこへ、キータはアクセルの額に、ひとつの文字列を見つけた。


「meth」


見れば、仲間たち全員に同じ文字列が額にあった。


キータはそのことばが恐ろしく感じられた。


思わずキータは自分の額に手を当てた。


小屋の前に立てかけてあったスコップにうつる自分はどうだろうか。あの恐ろしいことばはあるだろうか。


キータの額には「emeth」とあった。


その途端、キータは何かを思い出した。


キータは逆らえないような強い力に引かれて、真っ暗な〈花火〉への階段を下っていた。


手に抱いていた子猫はアクセルたちのところへ置いてきてしまった。


今はその軽くなった腕すら不安定に感じるくらいに、キータは自分の歩みに抵抗を感じていた。


〈花火〉


その仕掛けはとても大きく、地下へもぐればもぐるほど、穴も大きくなっていき、はじめはキータの頭がぶつかりそうなほどの天井もいつしか見上げるほどになって行く。


ようやくたどり着いた仕掛けの前に、キータは迷うことなく足を進めた。


そして、たったひとつのレバーに手をかけ、ハッチを開けた。


そこは岩か土しかなかった世界に突然現れた。あらゆる大きさのボタン、ランプ、レバーとキー。それらを迷いなくキータは解いてゆく。


キータはこの部屋には来たことがなかった。穴を掘ったのも、階段を形作ったのも、仕掛けを施したのも自分と仲間たちだったが、ここだけはおそらく主人たちがこしらえたものだった。


それがなぜ、よどみなく明かりが点き、ボタンは沈み、キーが回り、レバーが最後に下ろされるのを自分が知っているのか。


まるで腕と頭脳が別々のものであるかのようだった。


キータは今までのことを思い出していた。


キータは静かに目を閉じると、アクセルの額の文字を思い浮かべた。


「meth」


なんと冷たい響きだろうか。意味が分からないまでもアクセルの光ない瞳がキータの熱さえも奪うようだった。


「emeth」


アクセルの額には「e」が無かった。無い、というより乱暴に削り取られていた。


アクセル。


アクセル。


嗚呼、アクセル……!


キータはアクセルの立派な黒い身体を思い出していた。


キータはミルク屋のおじさんとの声を思い出していた。


キータはバターの匂いを思い出していた。


キータは魚の燻製を食べる子猫を思い出していた。


キータは子猫の小さな額の熱を思い出していた。


キータはテルミナルの雑踏を思い出していた。


キータは静かな丘の動かなくなった主人を思い出していた。


キータはアクセルのウインクを思い出していた。


キータは最後のレバーを引いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る