毎日のごとくこの坂を登っているが、

毎日のごとくこの坂を登っているが、最近、ひとつ不思議に思うことがあった。


いつものミルク屋のおじさんを見かけないのだった。


お釣りはもらえるが、渡し方が違う。


ミルクは変わらず買えるからそこまで気にしていなかった。しかし、キータは今日初めて、ミルクを買うことができなかった。


どうしたことだろうか。


町に着いて、辺りを見回したが誰一人として見つけることが出来ない。


ふと、キータは子猫のことを思い出した。


あの子はいつもの、テルミナルの前にいるだろうか。


だがしかし、今はいつもの魚の燻製を持っていない。もしかしたら出て来てくれないかもしれない。


そうも考えたが、ミルクが買えなかった以上、ミルク屋の前にいても仕方がなかった。


キータは誰もいない町を歩き始めた。


テルミナルへ行く前に魚の燻製を買う店も回ったが、やはり誰もおらず、バターの匂いももちろんしない。


見たことのない町の変貌に、キータは不思議な面持ちがした。


なぜだれもかれも消えてしまったのだろうか。


あたりは暗い。もうどれほど前から暗かったのかはわからない。


キータはテルミナルの前に辿り着き、子猫がすり寄って来ないのをなぜだろうかと考えていた。


テルミナルの前の通りは、かならず列車を待つ人々でごったがえしていたが、今日と言う今日は列車の汽笛すら聞こえてこなかった。


もしかすると、今日は自分が知らなかっただけで、世の者みなお休みをとる規則の日なのかもしれない。キータはそう思いついた。


そんなことを考えながら歩き続けていると、ホームの軒の下に、あの子猫のしっぽがはみだしているのを見つけた。


キータはやっと探していたものを見つけて、ゆっくりと歩み寄った。


その道の幅はキータにとってはおそろしく狭く、非常に気をつけて歩かねばならなかった。


キータが近寄っても、子猫は動かなかった。


ホームの軒の影に寝そべったまま、ぴくりともしなかった。


キータはヒトや動物が眠ることを知っていた。だからきっとまた目を覚ますだろうと考え、子猫の小さな額を指先でそっと撫でた。ふんわりとやわらかく、ひやっとしていた。


ところがいくら撫でても、はては抱き上げても目を覚ますことは無かった。


キータは思い出した。


確か昔に同じことがあった。


何人か前の主人が黒い箱に入れられ、今の子猫と同じように、かたく目を閉じたまま動かなくなってしまったのだ。


その日は〈花火〉の現場から離れ、まだ浅かった掘りたての現場を見下ろすような小高い丘の上に仲間もみんな来るように呼ばれた珍しい日だった。


それ以来、そのような日は来なかったが、キータはその日をよく覚えていた。


キータはなんとなく、その子猫を手に抱えたまま、坂を下ることにした。


ミルクは買えなかったが、主人に報告するにしても、〈花火〉まで戻らなくてはいけない気がしたのだ。


なぜ〈花火〉まで戻らなくてはいけないような気がしたのかは、キータには分からなかった。


ミルクを買って帰るのがいつもの行動だった。


そこにいつしかテルミナルへ寄ることが加わり、子猫に出会い、魚の燻製をお釣りで買って与え、……これはいったい何を意味したものなのだろう。

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