43 趨勢


 ひたすら白馬に鞭を入れて、月白は山道を走った。

 愛馬・白舞はくぶは、王家御用達の馬場から仕入れた駿馬。花崗をはじめ部下たちの騎乗する馬とは比較にならない。しかし、全速力で疾走する白舞に必死で追いすがる部下たちのことなど、月白の頭からは消し飛んでいた。


「殺す殺す殺す殺す殺すぜったいにあいつは殺す」


 月白は、呪詛のようにずっと口の中で呟いていた。


 もともと、緋耀のことは嫌いだった。

 王都から最も遠い西南海州に左遷同様で送り込まれているにも関わらず、異国の商人と取引をしたり、軍艦を作ったりして自由人気取りの末弟。

「田舎者のくせに」

 月白は、臣下の前でも緋耀のことをバカにしていた。


 そのバカをやり込めようとして、逆にやり込められてしまったのだ。


「まあいい。どのみち、兄弟間での争いは避けられないんだ」

 父王が王子・王女に出した詔勅は、最終的には身内闘争に発展することはわかりきっている。

 しかし、月白は泥臭い戦闘は好まない。策略をめぐらし、できるだけ血を流さずに、つまり表向きは「協力して」父王の詔勅に従うつもりだった。

「仮想敵がいた方が、団結しやすいというものだ」

 月白は、その端麗な顔に残忍な笑みを浮かべる。

緋耀あいつには、その役を演じてもらおう。語り草になるような死に方をさせてやる!」

 一際強く鞭を入れる。白舞は鋭く嘶いてさらに山道を疾走した。


 一刻も早く、まずは桑名に戻らなくては。





 清流で玄天に水を飲ませていると、緋耀の足元に四つの影が現れた。


「首尾はどうだ」


 緋耀の問いに、四天王筆頭の多聞が前に進み出た。

「九頭龍村の女たちは、全員無事に村へたどり着きました」

「そうか」

 緋耀は空を仰いで笑った。

「長年この辺りに巣食う魔龍をおびき出し、龍退治と関所破壊で一気に箱根を手に入れるつもりだったんだが、ま、うまくいかないこともあるな」

「緋耀様…」

「おまえたちにも、苦労かけた。今回は月白と静藍兄上にやられなかっただけ良しとしよう。箱根に恩も売れたしな」

「ではいずれまた、こちらへ?」

「東海州を掌握するなら、箱根は外せない要所の一つだからな」

 緋耀は玄天に騎乗する。四つの影がそれに付き従った。


「時に、あいつは――一桜いおは見つかったか」


 緋耀の問いに、持国と広目が傍へ寄った。

「見つけました」

「おう、でかした!」

「ですが――」

 持国と広目は言葉を濁す。

「おそれながら、その少女は白龍刀に社の龍を封印した様子」

「なに?!」

「つまり、その……社の魔龍を退治して九頭龍村を救おうという緋耀様の計画を、やってしまったというか」

「横やりを入れた、というか」


 持国と広目の報告に、緋耀はしばし無言で玄天を走らせた。

 その緋耀に、多聞が近付く。


「緋耀様。五色の刀に龍を封印せし者は、その刀の聖なる継承者として、聖剣士とみなされます。それは、父王――金剛王様にとって、最も忌むべき存在となったことを意味します。あの少女と関わりを持つのは、あまり得策とはいえないかと――」

 多聞は言葉を呑んだ。爽碧の双眸に睨まれたからだ。これは、緋耀に何か考えがあり余計な口は挟むな、という時の目だ。

「……で、あいつはどこへ行った?」

 再び広目が前へ出た。

「九頭龍村の少年が一緒だったので、おそらく村に戻ったのではないかと。一緒にいた風魔忍者が深傷を負っていましたので」

「風魔忍者だと?」

「はい。先の忍狩りの生き残りかと」

「そいつは、一桜と一緒だったのか」

「おそらく。九頭龍村は、このところ一切外部からの人間を中へ入れていなかったようですので」

 緋耀は短く頷いた。

「増長」

「なんだべ」

 その口のききかたをなんとかしろと多聞に小言を言われつつ、増長が前へ出てきた。

「おまえは九頭龍村に戻り、白龍刀を持った少女と風魔忍者の動きを追ってくれ」

「わかったべ」

 言うや否や、増長の気配は一瞬で消えた。


(一桜のことは気になるが……)


 五色の刀の聖剣士になったことはいい。もとより父王に従う気などさらさらない緋耀にとっては、一桜がたとえ聖剣士であっても問題はない。

 それよりも、、ということに緋耀は驚いていた。月白によって蹂躙された村から、命からがら白龍刀を持ち出した村娘だと思っていたのに。


(やはり、会いたいな)


 しかし、ここでの合流はどうやら叶わなそうだ。連れの風魔忍者が何者なのかも気になる。それに、今は静藍が出したという船の行先が気になった。


「多聞。静藍兄上が出した船の行先はわかったのか」

「確証はまだですが、おそらく、紀伊ノ国かと」

「紀伊?」

「黄泉ノ国への入り口――王家ですら手出しできない神官兵を抱える、熊野大神殿がございますね」

 多聞の言葉に、緋耀は眉間を険しくする。

「なんだってまた、熊野なんだ」

「これも確証はまだですが、紀伊へ向かう船に、赤い髪の人物が乗っていた、と」

「なに?」

 緋耀は目を見開いた。

「幸村が出てきたのか!ということは――」

が、熊野にあるのかもしれません」

 緋耀は手綱を大きく操った。玄天の速度が上がる。

「急げ!紀伊ノ国へ向かう!」

 心得たように三つの影は玄天の足についてくる。それを横目で確認して、緋耀は内心舌打ちをした。


(青龍刀は、熊野にあるのか?)


 それ以外に、あの静藍が懐刀ふところがたなである幸村を差し向ける理由が思い当たらない。いや、もしかしたら別の目的があるのかもしれない。わからない。


 玄天のたてがみに顔を埋める。

――心のままに、行け。

 玄天が、そう言っている気がした。

 頭の中だけで考えていても、疑問符の先の答えはつかめない。

 今は、一刻も早く沼津へ戻り、船に乗らなくては。



* 



 数日後。


 一桜と幻霞は、万巻宮司に呼ばれた。


 万巻宮司も元気になったようで、最初に対面した座敷で、あのときと同じように坐していた。

 あのときと違うのは、何十畳もある部屋の障子がすべて開け放され、明るい光と初夏の爽やかな風が入ってくることだ。


「おう、元気になったかい爺さん」

 どっかり胡坐をかいた幻霞に、万巻宮司は笑う。

「肩に包帯を巻いた奴が何を言う。おまえさんよりよほど元気じゃ」

「俺だって元気なんだよ。一桜が心配するから一応巻いてるだけで」


 幻霞が肩をすくめると、すかさず一桜がぼそっと呟いた。


「昨日の消毒の時間に痛いしみるってひーひー泣いてたのは誰だったっけ」

「ばっ、おまっ、一桜っ。余計なこと言うんじゃねえよっ」


 三人はしばし笑った。ひとしきり笑うと、万巻宮司は目を細めて、一桜を見る。


「一鉱殿。おまえさんは、一桜いおというそうじゃな」

 急に言われて、一桜は慌てる。もう牛若から全て聞いているだろう。

「は、はい。あの、男だと偽って、申し訳ありませんでした」

「なんの。そんなことはどうということはない。むしろ、おまえさんの勇気には感服した」


 万巻宮司は居住まいを正した。


「すべて牛若から話は聞いた。乙女の身で龍の社へ向かい、長きにわたり九頭龍村を苦しめてきた魔龍を清め、その刀に封印してくれた、と」

 万巻宮司は一桜の傍らにある白龍刀を指す。その柄には、湖水色の玉が、まるで水面のように揺れる光を湛えて収まっている。


「五色の龍、というのをご存じかな」

「五色の、龍……?」


 五色の刀は、このジパングの建国神話と共に語られるが、五色の龍というのは聞いたことがない。


「五色の龍は、もともと五色の刀に宿りし龍だという。その龍は、今の王家が蓬莱国を統一したとき、刀から抜け出してしまったらしい。王家の所有する金龍刀には、龍が宿ったままだと聞くが……真相はよくわからぬ」

「では、社の龍が白龍刀に封印されたってことは、あの龍はもともとこの刀に宿っていた龍だったってことですか?」

「そういうことじゃ」


 なんという巡り合わせだろうか。


「白龍刀が龍に呼ばれた、ってことかな」

 幻霞が言った。

「正直、社に行くのは嫌だったが、こりゃ行くことになる宿命さだめだったんだな。一桜の判断は正しかったってわけだ」

「うむ……一桜殿、白龍刀をお見せ願えるか」


 一桜は白龍刀を万巻宮司の前に置いた。

 万巻宮司は一礼すると、慎重に白龍刀を手に取り、柄の部分に目を凝らした。


「この青い宝玉は龍眼、これは」

 と万巻宮司が玉の下を指す。そこには、不思議な刻印があり、一桜はそれに見覚えがあった。


「これは、あの石板に刻まれていた文字!」

 真言、というのだったか。梵語という言語で書かれた、呪文。


「この真言は、龍の魂を具現化したものじゃろう。オン・アミリタ・テイセイ・カラ・ウン。人々に遍く光をもたらす慈悲の魂、それが白龍の魂なのじゃ。女性である一桜殿が聖剣士であるのも、それゆえかもしれぬな」

「聖剣士?」

「さよう。五色の龍を五色の刀に封印できるのは、龍が聖剣士と認める者のみ。一桜殿は、白龍刀の正統なる継承者として龍に選ばれたのじゃ」


「あたしが……そんな」


 村にいるときは、触れることも許されなかった白龍刀。これは、村長になる兄が受け継ぎ守るものだと、ずっと思ってきた。


「ただモンじゃねえとは思ってたが、すげーなおまえ!」

 幻霞が一桜の背中を叩く。

「これでかなりな箔が付いたな。青龍刀の持ち主にも会いやすくなったってもんだ」

 浮かれ調子の幻霞は、難しい顔をしている万巻宮司を覗き込んだ。

「なんだよ爺さん。なんか問題か?」

「うむ。聖剣士になったということは、王家に命を狙われる可能性があるということじゃ」


 一瞬ぽかん、とした幻霞だが、すぐになるほどと頷いた。


「龍が宿っている刀は、王家の金龍刀だけで十分だってか?」

「まあ、簡単に言えばそういうことじゃな」

「ふふん、てことは、龍が宿った五色の刀は相当な価値と威力があるってことじゃねえか。なあ、一桜」

「うん…」


 急に正当な継承者だと言われても、どうも一桜は実感がわかない。

 そんな一桜の心を読んだかのように、万巻宮司が言った。


「一桜殿は、白龍刀を持つに相応しい心をお持ちじゃ」

「そ、そんなことは」

 万巻宮司は優しく微笑んだ。

「その曇りなき心で龍を清め封印せしばかりか、我らの欺瞞をも取り除き、村に永遠の安息をもたらしてくれたこと、村人を代表して礼を申しあげる」


 万巻宮司は畳に手をつき、深々と首を垂れた。


「そんな、万巻様!頭を上げて下さい!」

 一桜は慌てて思わず万巻宮司の傍へ寄った。

「そんな大層なこと、してないんです。あたしは」


 一桜は、万巻宮司を真っすぐに見た。


「あたしは、ただの自分勝手な女の子なんです」


 万巻宮司は顔を上げた。一桜は、頷く。


「あたしは、ただ自分の村のために、村再興の助力を請うために、芦ノ湖を渡りたくてこの村に舟を出してもらいに来ました。ここの人たちが大変な時に、自分のことしか考えず、勝手に舟をお借りしようとも考えました。結果的に龍は封印できましたが、もし龍が封印できなかったら大変なことになっていたし、村の女の人たちを救うことをあたしは考えてなかった。ほんとうに、自分勝手なんです」


 苦笑した一桜の肩を、万巻宮司は優しく叩いた。


「いいんじゃ、自分勝手で」

「……え?」

「人は皆、自分の心に従って生きる。自分勝手。それが自然なこと。自分勝手が人を救い世を動かしてゆくのじゃよ」

「万巻様……」

「少女の身で、ここまでたどり着くのはさぞ大変だったじゃろう。この先、おまえさんの探しているものが見つかるといいのじゃが」

 一桜は胸が震えた。こみ上げてくるものに鼻の奥がツンとするのを堪えて、笑顔で言った。


「はい。ありがとうございます。必ず、青龍刀の持ち主にお会いします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る