35 賭け
巫女装束の少女は、そのまま人形のように座っていた。
ほんとうに人形のようだ。白い肌、謎めいた微笑み、筆で描いたような顔立ち。切り揃えた黒髪。
「ずいぶん広い屋敷のようだが、おまえのような女童が一人で切り盛りしているわけではあるまい」
緋耀が言うと、少女は少しだけ首を傾けて緋耀を見上げた。
「ここには、万巻様とわたし、それからいま一人――」
そのときかすかな衣擦れの音と共に、少女の背後に青年が現れた。
緋耀より少し年上といったところだろう。涼し気な目元、色白く紅い唇が目立つ、どこか謎めいた美しい男だ。
「お待たせ致しました。私は万巻様にお仕えしております涼竹という者です。貴方様が、見張りの者が連れてきた旅の御方でしょうか」
「おう、そうだ。緋耀という。これはオレの連れで多聞という」
緋耀の背後で多聞が会釈すると涼竹も軽く頭を下げて緋耀を見上げた。
「率直にお聞きします。見張りの者が申すには、貴方様は関所に集められている我が村の女たちを連れ帰ってきてくださるとのこと。誠にございますか」
「そうだ。言っておくがホラでも酔狂でもない」
「失礼ながら、その証拠はございますか?」
――打つ手は多い方がいい
涼竹はそう思っていた。
龍の社に渡った一鉱たちからは連絡がない。ただ、彼らが芦ノ湖を渡ったのに大波はこなかったし、先刻、社の方角に花火のようなものが上がった。牛若からは何も連絡がないが、大波がきていないなら状況は悪くなさそうだ。
しかし、万巻が謎の暴漢に襲われ倒れてしまった。外傷はないが薬を嗅がされたらしく、立つことができない。当然、結界を再度紡ぐことは不可能だ。もし、牛若たちの首尾が悪かったとしたら、大波がくる。
もしもの時の避難場所はあるが、女たちも共に行きたい。
この状況で女たちを連れて帰ってもらえるのは願ってもない申し出だった。
しかし、突然現れた、どこのだれかも知れぬこの二人組に任せていいのだろうか。
見たところ、緋耀と多聞は主従関係のようだ。双方ともに常人ではない空気をまとっている。信じるに足る者たちなのかどうか。
「証拠は、無い」
「は?」
「が、オレの話に乗って損はないぞ。なんなら万巻宮司の治療もしよう」
涼竹は瞠目した。
「なぜ――」
「だから、損はないと言っているだろう。この作戦は一刻を争う。もうすぐ、大軍がこの芦ノ湖周辺に集まってくるからな」
「大軍?!まさか、国王軍では」
一鉱の話が頭をよぎる。この九頭龍村にも国王軍がくるのか?これまで、古からの慣習通りに贄を出し、芦ノ湖を守ってきた九頭龍村をも国王軍は襲うのか?
「そのまさかだが、それも撃退してやる」
「なんですと?!」
「国王軍を箱根から追い返し、女たちも連れ帰ればおまえたちは言うことなしだろう。早く万巻宮司に会わせてくれ。話がしたい」
涼竹は緋耀を直視した。色の浅黒い、明らかにこの辺りの人間ではない。
が、碧玉のような双眸は力強く、活力に満ちている。
この男には、野心と希望と夢がある――涼竹はそう感じた。
「――わかりました」
涼竹は、立ち上がった。
「どうぞ、こちらへ。万巻様にお会いください」
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