32 閃光


 やられる――!!


 巨大な刃物のごとき牙が目前に迫る。

 かわすより受け身の態勢――とっさの判断で白龍刀を顔の前にかまえた。

 が。

 予想していた衝撃の代わりに、一桜は地面に転がっていた。


「幻霞!?」

「馬鹿野郎っ、龍相手に受け身取るなっ」

 幻霞が横から一桜を抱え転げて間一髪、龍の顎から逃れていた。

 その分厚い胸板と腕のおかげで、一桜はほとんど衝撃を感じなかった。

「幻霞、だいじょうぶ――」


 言いかけて一桜はぎょっとした。

 赤い。自分の手が赤い。赤いものが、滴っている。


「うそっ、幻霞!!」

「騒ぐな」

 隆々とした肩から、おびただしい血が溢れている。そんな状況で、幻霞は自らの上衣の裾を口にくわえて素早く引きちぎり、肩口をきつく縛りながら言った。

「さっきの真言を早く唱えろっ……次はかわせるかわからねえぞ」

「わ、わかった!」


 龍は長い鎌首をこちらに向けるところだった。

《口惜しや。仕留め損ねた。我の邪魔をする者は許さぬ》

「龍の目の色が…!」

 白濁した眼球が、真っ赤に変わった。同時に、ぐわと顎を開き、幻霞に迫ってきた。


「やめろーっ!!」

 一桜は走り、白龍刀を振りかぶり、地面を蹴って跳躍。


 ――跳んでる。


 体に浮遊感があった。

 見れば、巨大な鹿のような角が真下にある。


「一桜!!馬鹿野郎がっ、逃げろ――」

 幻霞の声が微かに聞こえ、龍の赤い双眸が眼下に迫った。



「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンド・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン!!」



 腹の底から自分の声ではない声がそう言った。


 同時に、白龍刀が龍の眉間に刺さる手ごたえ。


《ぎゃああぁぁああああああああああ》


 ヒトのような魔物のようなどちらともつかない咆哮が宙を震わせた。

 そして、白龍刀が突き立った眉間から、閃光がほとばしった。



「………なんだ、あの光は」

 望遠鏡で社の方角を覗いていた緋耀が眉を上げた。

「多聞。持国と広目は社に行っているはずだな」

「はい。もう任務遂行に移っているかと」

 緋耀は望遠鏡を再び覗いた。

 閃光は、数秒強く光り、徐々に弱くなっていく。

「あの光は二人の仕事がうまくいったということなのか…?」



「なんだ!?」

 龍と対峙する少女まであと一足、というところまできて、突然ほとばしった閃光に持国は思わず腕で目をかばった。

「ちいっ」

 無理やり空を仰いで光源を見ると、閃光の中心であの少女が龍の眉間に刀を突きたてているのが見えた。

 そして、同時に聞こえた信じられない響き。

「真言!?」

 しかも、呪術としてかなり高位の真言だ。

「なぜあんな小娘ごときが知っている……うっ!?」

 視界が揺れた。思わず体を伏せる。

「なんだ…?これは……何かの衝撃波か」

 空気がような感覚。まるで反発する磁石の磁力のようだ。急激に何かが凝縮されていくような。

 その磁力のような空気のが止み、顔を上げた持国は、少女の目の前にいるを見て、目を瞠った。



 白龍刀を抜いてはいけない気がした。

 刺さった刃に、何か感触がある。

 まるで、何かが流れこんでくるような、そんな感触だ。

 脈打つようなその感触に耐えていると、瞬く間に光が弱くなっていった。


「あ、あれ…?」


 何もしていないが、白龍刀は龍から抜けている。

 というか。

「な、なに、これ……!!」


 弱くなった光の中、そこには龍ではなく、純白の鹿が、光の粒子をまとって神々しく立っていた。


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