道行き

12 忍者


――暗い。


 目を開けたつもりだった。でも暗い。いや、天井に、少し赤みが差している。


――赤?

 村を焼き尽くした紅蓮の炎。

 広場を染めた、父の、兄の……血。


 地を朱に染めて無念の死を遂げた兄。

 その兄に、約束した。

 必ず、武蔵ノ国へ行くと。白龍刀を携え、村再興の助力を請う、と。


「……兄さま……!」

 叫んだつもりだが、声がかすれた。

 喉がカラカラに乾いて、舌が口内に張り付く。身体中が痛い。


「お?目が覚めたか」


――誰。


 痛みをこらえて、声の方に首を向ける。

 暗がりで小さな炎が燃えていた。囲炉裏が切ってあるらしく、大きな鍋が掛かっている。

 その傍に、人影がある。


 熊のような男だ。体が大きい。壁に映る影を見ても、筋骨隆々としていることがわかる。鍛錬された身体。農民やきこりではないのは、朦朧とした頭でもわかった。


(刀を抜かれたら、どうする)

 身体中が痛い。刀を扱える自信はない。それでも、やられたら反撃しなければ。


 そう思って、一桜いおはハッとした。


(そうだ、白龍刀!!)


 慌てて身体を動かし、痛みに顔をしかめる。

「動くなよ、けっこうひどい怪我だったんだぜ。ま、オレ様が手当てしたから治りは速いだろうけどな」


 ない。白龍刀がない……!


 上半身を手探ると、左肩を固定するように包帯が巻かれている。

 そこには、白龍刀を縛っていた紐は無い。


「もしかして、おまえが探してるのはこれか?」

 男は、囲炉裏端で刀を持ち上げてみせた。

「!」

「おっと動くなよ。マジで怪我の治りが遅くなる。おまえの肩、折れちゃいなかったが外れてた。安静にしていれば、薬の効果が早く出る。無理をすれば、治るのに十日以上はかかる。嘘じゃない。オレは、これでも医術の心得があるんでな」

「そんな…十日も」


 一刻も早く武蔵ノ国に行かねばならないのだ。

 こうしている間も、生き残った村人たちは西方鎮守府軍の追手に捕まっているかもしれない。


「私は…早く行かなくてはならないのだ。ここで寝ているわけには」

 身体を起こそうとして、思わず声が出る。痛い。自分の身体が、こんなにも重いとは。


「あーあー、ヒトの話を聞かない奴だな。馬は、従順な良い奴なのにな」

「馬……星彩か?!」

「星彩っていうのか、あの濃銀の馬。ははん、確かに、背に白い星が散ってたな」

 間違いない。星彩だ。

「生きて……無事なのか?!」

「ああ。たぶん、流された主を追ってきたんだろう。オレの後をずっと付いてきたぜ。ずいぶん心配そうにしてたな」


 流される直前に見た星彩の、心細そうな顔が脳裏によみがえる。一桜は、胸が震えた。


「星彩……よく無事で……よかった……!」

「で、星彩? だっけ? 奴はおとなしくオレの処置を受けて、もう回復した」

「本当か?!」

 起き上がろうとしたとき、肩を押さえられた。

「なっ……!!」


(どういうこと?!この男は、あそこにいたはずなのに!)


 囲炉裏では火の爆ぜる音がする。一瞬前までこの男は、囲炉裏の傍にいたはずなのに。

 一桜の肩を押さえながら、男は笑った。


「まあ焦るな。お前の身体が回復したら会わせてやるから。ちゃんと世話しておくし、安心しろ」

「そ、それは感謝する!だが、私は! すぐにでも行かなくては!!」

「あーあー、連れがこんな頑固者じゃ、道中思いやられるぜ」

「なんだと?!」

 男は短く刈り込んだ頭をばりばりと引っ掻いて、面倒くさそうに言った。


「だーかーらー、おまえ、行くんだろ、武蔵ノ国に。白龍刀持ってさ。だから、オレ様が青龍刀の持ち主のところまで案内してやるって言ってんの。わかる?」


(どうしてこの男は知っているの?!)


 背中に汗が伝う。武蔵ノ国へ行くことは、兄からの密命。一桜の他に知る者はいないはず。兄は、そう言った。

「……あなたの言っていることがわからない」

 一桜は慎重に言葉を選んだ。


(この男は敵か?味方か?)


 見極めなくてはならない。

 もちろん助力はありがたい。

 しかし、こんなうまい話があるだろうか。


 考えろ、考えろ。頭のどこかで、警鐘が鳴っている。


「そんなに睨むなよ。まあ、無理もねえわな。生死を彷徨って目が覚めたら、いきなり一緒に武蔵ノ国に行きましょう、って言われてもな」

 男はへらへらと笑う。顔からは、何を考えているのかまったく読めない。


(だけど、この男は、あれが白龍刀だって見抜いた)


 白龍刀は確かに美しい刀だが、銘が打ってあるわけではないので、そうと知らない者にはただの美しい刀にしか見えない。


「じゃあ、こう言えばわかるか。オレは風魔幻霞ふうまげんかってんだ。この界隈じゃそれなりに名の知れたしのびの者だ」

「忍……」


 聞いたことがある。


 忍、忍者。山に棲み、人智を超える技を使って里を守る、特殊な民だという。

 彼らは王家の支配を受けない。強靭な肉体を持ち、薬学に通じ、全国へ薬を売りに出かけ、諜報活動を行い、薬とともに情報も売るのだという。


(今の状況を思えば、この男が忍者だというのは納得できる)


「あ、ちょっとわかってくれた?で、オレは各地に張ってる情報網から、白龍刀を守護する大垣村が襲われたことを知った。白龍刀が村人の誰かに密かに持ち出されたこともな。白龍刀を持ち出す理由は、村の再興の助力を然るべき所に請うためだ。そこへ、おまえが現れた。大垣から東海州こっちに向かったってことは、青龍刀を守護する武蔵ノ国に行きてえんだろ?どうだ?当たりだろ?」



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