6 脱出


 次の瞬間。

 はらりと、金茶色の豊かな髪が地面に落ちた。


 兄さまと同じ色が自慢だった長い髪。

 女の子である証。あたしがあたしであった証だ。

 あたしは、長子でもない。男子でもない。

 でも。

 守るべきものがある。やらなくてはならないことがある。


――ほんとうにできるの?


 そう問いかける自分を振り切るように、一桜いおは星彩を走らせ、広場の北側に出ていった。


「皆の者! 大垣村長、一鉱はここにいるぞ!」

 一桜は馬上で立ち上がった。


「なんだと?!」

 巌のような武者が、たった今斬り落とした首を見る。

「戯言を申すな!!たった今、村長の首はこの花崗かこうがもらった!!」


 花崗将軍はまだ血がぽたぽたと落ちる首級を掲げた。悲愴なざわめきやすすり泣きが起こる。その光景に、奥歯をぐっと噛みしめ、一桜は叫んだ。


「それは影武者に立てた我が妹なり!」

「な、なんだと?! 妹?! バカな!!」

「見よ! これが証拠だ!!」


 一桜は白龍刀を高く掲げた。


 どよめきが波紋のようい広がる。


「古よりこの地に伝わる宝刀・白龍刀がある限り、この地は我らの地! 国王軍を騙る蛮族に蹂躙されはしない!!」

 白龍刀の刀身は、紅蓮の炎を弾き白く輝く。それに呼応して、どよめきが歓声に変わっていく。


「ええい!!黙れ黙れ!!」

 花崗将軍が大音声を張り上げた。

「西方鎮守府軍を蛮族と呼ぶとは何事ぞ!!あの者を捕らえよ!!」

 一瞬とまどった兵士たちは、それでも雄叫びを挙げて一桜へ向かってきた。


 星彩が駆け出す。一桜は、その馬首に顔を埋めるようにして手綱を操った。


――怖い。


 しかし、やらねばやられる。

 剣劇チャンバラとはわけが違った。


(兄さま、あたしを見守っていて……!)


 一桜は硬く閉じた目を、ふっと開いた。


「わああああああ!!!」

 まるで人が変わったように刀を振るい、星彩を操る。

 その光景を村人たちは呆けたように見ていたが。


「……生きておられた」


 誰ともなく、言い出した。

「一鉱様だ。一鉱様は生きておられた!」

「白龍刀で、村を守ってくださるんだ」

「一鉱様!」


 泣き笑いのような村人の声が耳に届いた一桜は、とっさに叫んだ。


「生きて村を再興する志ある者は、ここから脱出せよ!『宝水の故郷』へ行け!!」


 一瞬ぽかん、とした村人たちは、合点がいったように頷き合い、兵士から武器を奪い返し始めた。


「な、なんだこいつら!」

 ふいを突かれた国王軍の兵士たちは、急反撃に追いつけない。

 捕えた村人、捕えようとしていた村人は、口々に「宝水の故郷だ!」と叫び合いながら一目散に逃げていく。

 一桜に気を取られた、一瞬の隙の出来事だった。


「この……貴様ら待て!!」

 追いすがろうとする兵士の前に、馬首をめぐらせた一桜が立ちはだかる。

「私が相手だ!」

 一桜は飛ぶように星彩を操り、兵士たちの間で刀を振るい続けた。



「なんなのだ、あのガキは!! こちらが本物の村長ではないのか?!」

 自分の足元に転がる首と見事に馬を操る少年。双方を見比べて、花崗将軍は地団太を踏んだ。

「どうなっておるのだ!!」


「まあまあ、花崗よ。あれは、カリスマ性というやつだろう。彼の登場により一瞬にして形勢逆転だ」


 場にそぐわないほどの優雅な声の主に、花崗は振り返り、白い軍服姿に即座に地に伏せる。

月白つきしろ様!前線は危険でございますと申し上げましたのに。怪我でもなされてはっ……」

「わかってるよ。でも、おまえが村長をみたいだからさ」

「ははあっ。しかし恐れながら、確かに村長とその父親の首級は取ったはずでして……」

「じゃあ、あれはなんなのさ」


 長い指が差した先に、兵士たちを蹴散らし、村人の逃走をたった一人で援護する騎影がある。


「そ、それは……」

 言葉に窮した部下に、西方鎮守府大将軍――月白は、その端麗な顔で微笑んだ。

「あの少年が本物かそうじゃないかは、この際どうでもいいんじゃない? ここで大事なのは、一刻も早くあの少年を捕らえること。白龍刀と思しき、刀もろともね」

「ははぁっ」


 花崗将軍は崇拝する主に叩頭し、すぐに戦線へ向かった。

 その大きな背中を見つつ、月白は長い指で銀色の髪をかき上げる。


「何者なんだろう彼は。興味があるな、とても。とてもね」



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