5 慟哭
すでに騎獣や馬は逃がされており、小屋はがらんとしている。
その小屋の奥で、落ち着かない様子で動き回っている馬に一桜はかけよった。
「星彩!」
嬉しそうに嘶いた馬には、きちんと作られた荷が積んである。
「よかった…星彩。無事だったね」
艶やかな濃銀の毛並みに顔を押しつけると、星彩は一桜に首を向けた。
大丈夫か、と言っているようだ。
「ありがとう、星彩……」
声が震える。カズヤの最期が頭から離れない。でも。
「行かなきゃ」
悲しんでいる時間はなかった。
一刻も早く村を脱出しなくてはならない。
一桜は素早く星彩に飛び乗った。
「星彩。ちょっと遠いけど、武蔵ノ国に行くよ」
耳元で囁くと、わかった、というように耳が動いた。
「よし――行こう」
星彩は静かに、しかし力強く駆けだした。
*
火は村を舐めるように呑みこんでいた。
雪の重さに耐えた家々も、苦労して耕し種を蒔いた畑も、すべてを紅蓮の炎が呑みこんでいく。
火が回っているためか、国王軍兵の姿はほとんど見えなかった。それでも用心して屋敷の敷地を抜け、村の中に入る。
「みんなは」
火の熱さの中、星彩を走らせながら周囲を見る。地面には、無数の村人が折り重なっている。生きている人影は見当たらない。
「ごめんね、みんな、ごめんね……」
一桜は手を合わせ星彩で駆け抜けた。悔しくて悲しくて――でも、どうすることもできない。
村の中央、数刻前まで祝宴が行われていた広場にも火の手が迫っていたが。
「お父様?! 兄さま?!」
広場から城門へ向かって、国王軍で埋め尽くされる中、小突かれている数人の人影がある。
その中に、父・鉱宗と一鉱の姿があった。
「隠れている大垣の民よ!その場所より見るがいい!」
おそらく司令官だろう。巌のような体躯の武者が大声を張り上げ、大剣を振り上げた。
鉱宗と一鉱が赤く照らされた広場に引きずられ、押さえつけられて膝まづく。
「この村は今日、終焉を迎える!」
司令官は大剣を振り上げ、一鉱に向かって振り下ろした。
「……うそ」
続けて鉱宗にも凶刃が振り下ろされ、広場は朱に染まった。
「これより、この地は山陰陽州美濃ノ国にあらず!王家直轄地として西方鎮守府大将軍、月白様が治める!!隠れている村人は即刻ここへ出てこい! 今出てくれば新たな村の民として殺さぬ!!」
一人、また一人と、物陰からよろめく人影が出てくる。
「そ……んな……」
お父様が。兄さまが。
――一桜。頼んだよ。
一鉱の優しい微笑みが、瞼の裏に映る。
「う……うう……」
――タタカエ。
誰かが、囁いた。
「うう……」
一桜は、背に手を伸ばし、負った刀の柄を握った。
吸い付くような、感触。
「うわあああああああ!!!」
柄を素早く引いた、刹那――一桜は己に向かって刀を薙いだ。
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