盗賊船に乗った貴族のお嬢様は、淡い恋心を抱きながら冒険をする

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 海の船に乗った貴族の女性テェレーゼ。

 彼女は、小さな島国へ旅行に向かう所だった。


「お父様、お母様、今回の旅行楽しみですね」


 親しい者達や家族と共に船に乗り込み、豪華客船は意気揚々と港を出港。


 空模様は、からからの晴天で、不安要素は何一つなかった。


 しかし、その船に目を付ける者達がいた。


 彼らは海賊。


「海賊の襲撃だ! 大変だ! 海賊が襲って来たぞ!」


 船を襲い、金品を略奪するものだった。


「テェレーゼ、あなたはここに隠れているのよ」


 載っていた人達は、甲板に集められてしまった。


 一方テェレーゼは大きな箱の中に隠れていた。


 母親に、いざという時のために貨物室の場所を教えられていたのだった。


 他の者達を放っておいて、自分だけ安全な場所に隠れるわけにはいかない。


 そう思ったが、その時は初めての船旅で具合が悪くなっていたから、両親に運ばれるままだった。


 箱に隠される時に、お守りを渡されて、額にキスをされた。


 テェレーゼは船酔いと戦いながら、心細い思いをしていた。


「皆、大丈夫かしら。心配だわ」


 しかし、両親のしたことが、まさか逆効果になるとは思いもよらなかった。


 貨物室に隠れていると、金目のものを探しに来ていた海賊に目を付けられて、他の箱と一緒に運び出されてしまったのだった。





 海賊船にはこびこまれてしまった、多くの箱。


 その中の一つで、テェレーゼは息をひそめていた。


 船酔いはだいぶらくになったが、幸先の悪さを思うと別の意味で気分が悪くなりそうだった。


 テェレーゼは、大騒ぎする海賊たちの目を盗んで何とかその船から脱出しようとする。


 しかし、途中で見つかってしまう。


「まさか、こんないい女が戦利品の中にまざっていたとはな。お頭が人は攫うなって言ってたけど、ついてきちまったんなら仕方ねぇよな」


 テェレーゼは、自らに襲い掛かる海賊たちに必死に抵抗した。


 しかし、鍛えてもいない女性の力では、荒事になれた男性には敵わなかった。


 テェレーゼはそのままならば、男達の餌食になってしまうところだった。


 海賊の船長アベルがそこにやってこなければ。


「おい、てめぇら何やってんだ」

「お頭!!?」 


 船長アベルは、なぜかネズミをつまみながらやってきた。


 しかしそのネズミの効果は劇的だったらしい。


 テェレーゼを襲おうとしていた者達は、顔をまっさおにしてその場から逃げ出した。


 苦手なのかもしれない。








 その船に乗っている海賊は義賊らしい。


 金持ち達の船を襲って、その船から奪った金品を貧乏人たちに配っているのだとか。


 しかし、テェレーゼはアベル達を良く思わなかった。


「貴族がみな、悪い人間だとでも思っているの? 真面目に生きている人達だっているのよ。迷惑をかけないで」

「だが、そんな奴らは少数派だ。みんな私腹をこやす事に夢中な連中ばっかりだ」


 互いの主張は平行線。


 アベルもテェレーゼもどちらも、譲らなかった。


 そんな中、海賊たちは宝の島の場所を発見したという事で、騒ぎが起きる。


 他の船から強奪した地図に、その場所が記されてあったらしい。


 海賊たちはテェレーゼを解放した後、その島に向かう予定だった。


 しかし、テェレーゼはその船に残ると宣言した。


「貴方達のくさった性根をたたきのめしてあげるわ!」

「この船に残るなら、飢えた野郎どもに襲われたって文句は言えねぇぞ」

「上等よ。あの時は油断していただけだもの。今度は後れをとったりしないわ」

「貴族のお嬢様が考えているほど、そんなに海賊船の生活は甘かねぇんだよ」


 アベルは反対したが、またしても話は平行線。


 テェレーゼは脱出用の小舟を用意されても残ると言い続けたため、最終的には、アベルが根負けする異になった。


 テェレーゼは、自分に下卑た視線を向ける者達を警戒しながら、海賊船での生活を行っていく。


 出来る事はなんでもやった。


 しかし、彼女は面倒見がよすぎたらしい。


 気が付いたら、日常生活の雑事はほとんど彼女が主導してこなしていた。


 そんな中で、テェレーゼを襲おうとした者達は、ほんの一部の者達だと知った。


 他の者達は、海賊にしては善良な者達だ。


 それもそのはずで。


 その海賊団は、悪事に手を染める度胸もないものの、食うに困ってどうしようもなくなってしまった者達を、アベルが拾ったという、それだけの集まりだったからだ。


 テェレーゼは少しアベルの事を見なおしていた。







 アベル達が目指している宝島は、潮の流れのはやいところにあるらしい。


 複雑な海流をぬうように船ですすんでいかなければ、たどり着くことができなかった。


 アベル達はかなり苦労した。


「くそ、潮の流れが読み切れないな」

「私なら、分かるわよ」

「なに、本当か?」


 けれど、テェレーゼが潮の流れの規則性に気が付いてからは、スムーズに進むようになった。


 海賊船は、みるみるうちに目的地へ近づいていった。


「あんた、頭がいいんだな」

「私がいて良かったでしょう?」

「どうだか、あんたがいなくても、頭の良い奴を攫ってくればよかっただけだ」

「素直じゃないわね」


 けれど、その夜アベルにお礼として、とっておきのワインをごちそうになった。


 お礼ではなく、ただの愚痴のつきあいを理由にしてだったが。


「素直じゃないわね、ほんと」

「言ってろ」


 テェレーゼは、アベルに少しだけ好意を抱くようになった。






 宝島に上陸したアベル達は、数人の見張りを海賊船に残して、島の探索を行った。


 しかし、数日たってもアベル達は船に戻ってこなかった。


 心配した見張り達は、アベル達を探しに行くことにした。

 なので、テェレーゼもついていくことにした。


「船長が戻ってこなかったら、船が出航できないんでしょう? なら、私も困るもの」

「いや、島は危険でいっぱいだぞ、やめておいた方がいい」


 けれど、危ないと言われておいていかれてしまう。


 海賊船に乗っている間、大人数の炊事や掃除、洗濯をこなしていたテェレーゼは、一部の荒くれ者以外からは、好感を抱かれていた。


 おいていかれたのは、何かあった時に守りきれないから、と心配されたがゆえだった。


 けれど、テェレーゼは納得できなかった。


「私だって、何かの役に立つかもしれないじゃない」


 ここで、大人しくしていられるなら、テェレーゼは海賊船に残ったりはしなかっただろう。


 二、三人になってしまった残りの海賊の目をあざむいて、島に上陸したのだった。


 その島には、めずらしい動物や植物が多かった。


 極彩色の鳥や、しっぽが二つあるネズミ。水玉模様の果物。


 甘い匂いを放つ大きな大樹。


 燃える花、などなど。


 良い所のお嬢様として、過保護に育てられていたテェレーゼにとっては、何もかもが新鮮だった。


 やがてテェレーゼは、一つの洞窟の前にたどり着く。


 そこにはアベル達を探しに行った海賊達もいた。


 けれど、彼等は中には入らない。


 洞窟の中では、先に島に上陸した者達が、もめていたからだ。


 アベル達が仲間割れしていた。


 一部の者達から裏切られたアベルは、縛り上げられて洞窟の中につるされていた。


 その奥には、多くの宝箱がある。


 アベル達は忌々しげに、自分達を裏切った者達を睨んでいた。


 裏切りの海賊たちは、テェレーゼに手を出そうとした、素行の悪い者達だった。


 こんな状況では、へたに向かっていっても、アベル達の二の舞になるだけだ。


 だから、洞窟の前にいる海賊たちは、良い案が浮かばずに途方にくれていたのだろう。


 テェレーゼは、何か状況を打開する方法はないかと考えていた。


 そして、ここまでくる間に見かけたネズミの事を思い出していた。


「聞いて。良い案があるの、私の言うの通りに行動してくれたら貴方達の船長を助けられるかもしれないわ」








 俺達は、その島が本当に宝島だとは思わなかった。


 今まで、はずれの目的地に着いてしまう事がよくあったからだ。


 つかまされた情報が偽りだった事もある。


 しかし、今回のアベル達は幸運だったらしい。


 島にある洞窟に入ったアベル達は、そこに隠された宝箱を見つけ、仰天した。


 それは誰かの悪戯でも、誰かが宝を盗った後のスカスカの箱でもなかった。


 紛れもない財宝の山だった。


 喜んだアベル達は、さっそく船に運び込もうとしたのだが、そこで裏切り者が出た。


 ふいをつかれたアベル達は、縛り上げられて洞窟につるされる事になってしまった。


 裏切り者達はそんなアベルを見ながら、にやにやと笑い続ける。


 そして、財宝と共に隠されていたワインをあおって、バカ騒ぎをしていた。


 船に戻って、ほかの者達を脅すなり仲間にひきこむなりしないのは、まだ宝を見つけた余韻にひたっていたいためだろう。


 アベルは、どうにかこの拘束をとけないかと努力していたが、きつく縛らわれていたので少しも身動きができない。


 もはやこれまで、ここで命運が尽きるのかと思っていた。


 しかし突然、洞窟の中に燃える花をくくりつけられたネズミが放たれた。


 浴びるようにワインを飲んでいた裏切り者達は当然ひるんだ。


 過去、ネズミの大群に襲われたことのある連中はネズミが嫌いだし、アルコール度数の高いワインもある。火の相性が悪すぎた。


 慌てる裏切り者達。


 そこに、船に残っていた仲間達が襲い掛かった。


「みんな! かかれ! 船長たちを助けるんだ!」


 裏切り者達はあっという間に制圧されてしまった。


 拘束からぬけだしたアベルは、その作戦を考えたのがテェレーゼと知って驚いた。


「まさか、二度もお嬢様に助けられるとはな」

「今回は素直に、私の事をみとめてくれるのね」

「まぎれもなく、命の恩人だからな」







 裏切り者達に制裁を加えたアベルは、宝を積み込んで出航した。


 裏切り者達の命こそ奪わなかったが、無一文でしかも何も持たせず小舟に載せてから大海原に放ったので、末路は知れているだろう。






 宝島での騒動の後、テェレーゼは一気に海賊たちと仲良くなった。


 へたな男より男気があると言う事で姉御なんて呼ばれる事になった。


 このまま船に残ってほしいという者達もいたが、両親を悲しませるわけにはいかなかった。


 もよりの港で解放される事を望んでいた。


 しかし、それでお別れだと思うと少し名残惜しい気持ちが湧いてきた。


 テェレーゼは、はじめこそ恐怖を味わったものの、なんだかんだ言って海賊の生活を楽しんでいたからだ。


 最後の日には、星を見ながらアベルと話をした。


「港に行って船から降ろしたら、もうあんたは俺達とは無関係の人間だ。次あったら、どうするか分かんねぇぞ」

「しばらく船はこりごり、地上で大人しくしている事にするわ」

「そうか」


 街の灯りのない場所で見る星空は、とてもきれいだった。







 やがて海賊船は、どこかの小さな港に到着した。


 普通の船に偽装した海賊船は、しばらくこの港にとどまり、新しいお宝の情報を収集するらしい。


 テェレーゼはそこで解放されたのだが、しばらくその足は港から離れなかった。


 いつまでも自分が乗っていた船を眺めていると、ふいに港の一画で騒動が発生した。


 数人のあやしい人間においかけられている女性が、港の船に向かって走っていたからだ。


 停泊しているどれかの船に乗り込むつもりらし。


 そこに、なぜか予定をきりあげて出航しだすアベルの海賊船の姿が目に入った。


 テェレーゼは、あやしい人間においかけられている女性の手を引いて、その船に飛び乗った。


 出向の指示を出していたアベルが、テェレーゼ達の姿を見て唖然とする。


「こりごりなんじゃねぇのかよ」

「港から出てないから、まだ船を降りた内には入らないわ」

「どういう理屈だよ。子供ですら首を縦に触れないほどの、へたな言い訳だな。ったく、面倒な雰囲気を感じてまきこまれないと逃げようとしてたのに意味ねーじゃん」 


 迷惑そうな表情をしつつも、アベルはどこか嬉しそうだった。


「そういえば私、貴方達の性根をたたきのめしてなかったわ」

「そうかよ。ったく、海賊船にのりたがるお嬢様なんてどこにいるんだか」


 テェレーゼは、少なくともここに一人はいる、と思いながらかけよってくる他の海賊達を眺めていたずらっぽく微笑んだ。


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