sideB:私の視野

「いらっしゃい。」


彼女の第一印象は、綺麗な方。初対面の沙織さんは、彼氏の元カノである私を笑顔で迎えてくれた。


「初めまして、宮野由紀です。」

「桜居沙織です。由紀ちゃん、でいいかな?」


お互い玄関先でペコリとお辞儀する。大地君から事前に聞いていた通り、背が高くてすらっとした、かっこいい女性だった。


「はい。」

「どうぞ上がって。」

「お邪魔します。あの、大地君は?」

「ああ、あいつ風邪ひいちゃって、二人になっちゃったの。ごめんね?」


修羅場になってもおかしくない状況だな、とちらりと思う。でも彼女はとても穏やかだった。確か、同級生である私と大地君よりも二つほど年上だったっけ。見た目も中身も私なんかより出来た人だなと感心してしまう。大地君にはもったいない、なんて言ったら逆に失礼かな。


「この度はご結婚おめでとうございます。」

「ありがとう。あ、そうだ、招待状!今日渡す予定だったわよね。ちょっと待ってて。」


結婚式の招待状は手渡すから、と昨日の連絡でも伝えられていた。招待状とは、おそらくそれだろう。


「あっれ、あいつどこ仕舞ったんだ?人ん家の棚に勝手に入れるんだからあいつ……ごめん、電話かけていい?」

「はい、お気になさらず。」

「ありがと、なにからなにまでごめんね。」


招待状が見つけられなかったらしく、沙織さんは慣れた手つきでボタンを押して電話をかけた。


「大地?……ああいいよ、もう怒ってない。由紀ちゃんに渡す招待状、今私から見てどのへんにある?」


思わず、顔を上げた。私から見て、と聞こえたが。


「いやこの棚なのは分かってんの、昨日入れてんの見た。どっち?……え?もー、あんた今日どこから見てんの?いつもの部屋だよね?」

「は……?」

「ここ?二段目?……あ、あった。ん、今度は勝手に仕舞わずに私に渡して。じゃーね。……ふぅ。ごめんね、これこれ。」


笑顔で招待状を渡してきた沙織さんにどう言葉を返すべきか迷う。さっきの、どういうことだろう。見ている?大地くんが?というか、これは私が聞いていい話なの?


「ありがとうございます、えっと、あの、見てるって……」

「ああ、もしかして今の電話の話?てっきり前からだと思ってたんだけど。」


聞かれたという気まずさや戸惑いは一切ない。ニッコリと微笑んで沙織さんは私の前に腰掛けた。


「前から?」

「そ、前から。監視グセ、無かったの?」


かんしぐせ……言葉として認識するのに数秒、受け入れるのにさらに数秒。その間も沙織さんは変わらず笑顔で話し続ける。


「そっか、私からだったのね。良かったぁ、見られたくない子達どうしてたんだろって気になってたの。私だけだったなら良かった。」

「あ、の……それつまり、沙織さんは嫌じゃないってことですか?」


ああ、声が擦れる。一体これは、この人達は何だろう。私、大地君のことを知らな過ぎたみたいだ。


「うん。だって盗聴されているわけでもないし。やましいこともないし。むしろ生活態度改善されたわよぉ、好きな人に見られてると思えば。良いことの方が多いわ。」


徐に立ち上がり、彼女は窓の前に立つ。


「大体、部屋のカーテン全部閉じれば覗かれることもないもの。やり方が原始的なのよねぇ。……ほら、あのマンションよ、彼が住んでいるの。」


ひらひらと窓の外に手を振る彼女に、きっと向こうで彼が手を振り返しているのだろう。まるで、そう、ごく普通の逢瀬のように。


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視野 黒い白クマ @Ot115Bpb

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