第18話 交わらない世界

彩葉「悠月~、ちょっと暑くなっちゃった…。外の空気吸ってくるね!」

悠月「ん、いてら~」


緊張のせいなのか、身体に火照りを感じたため、

外に出ることにした。


彩葉「ふぅ~…食べすぎちゃったかな…」


春の兆しがあるとはいえ、

朝晩は少し冷える。

だが、今は心地よくも感じるくらいだ。


夜空を見上げながら、ふと思い出したことがあった。


彩葉「そういえば…一輝くん、私の名前、憶えてくれてた…」


そう。

何気なく聞き流してしまっていたが、

というより、心地よいくらい自然だったため、

あまり気にも留めなかったのだが

彼は私の名前を憶えていた。


2年前、通学途中に少し話した程度。

しかも、自己紹介もままならないような

本当に少しの会話だけだったはずだ。

それなのに


彩葉「どうして覚えてくれていたんだろう…嬉しいけど…」


ぼーっと空を眺めていると、

横から猫の鳴き声が聞こえてきた。

野良猫だろうか…。

あまり警戒心も無く、こちらに近寄ってくる。


彩葉「猫ちゃん! おいで~?」


か細く高い声を出しながら、こちらへ寄ってくる。

野良猫にしては毛並みが整っている。

もしかしたら、この辺りで飼われている猫なのかも。

喉を鳴らしながら体を摺り寄せてくる。

可愛い。


彩葉「ねぇ猫ちゃん、なんで覚えててくれたんだろうね~」


ゴロゴロと返事をするような猫を触りながら、

先程までの彼との会話を思い返していた。


2年前は、少し不愛想に感じていた彼の声。

ぶっきらぼうというか、他人を警戒しているような、信じていないような印象を受けた記憶がある。

しかし、今日話をした彼は、その時とはまるで別人だ。

耳心地の良い、柔らかな、包み込むような声。

言葉足らずな部分は、少し残っているかな。

自然と笑みがこぼれる。

そういえば…


彩葉「一輝君って、何歳なんだろう…。大人、だよね? 私よりは…」


そうだ、年齢を聞いてなかった。

年上だと思ってはいたが、2つ3つという感じではない。

結構上な印象も感じる。


彩葉「でも、おじさんって感じはしないし…う~ん…」


ほんと、謎な人…。

2年前から、ほとんど何も知らない。

知らないからこそ、知りたい。

けれど、その機会がほとんどない。


私の世界と、彼の世界。

交わることはほとんどないのだろうか…。

そう考えると、少し寂しい。


彩葉「もっと、知りたいなぁ…」


その時、ギャラリーの扉が勢いよく開いた。

と、同時に


悠月「いろはっち!」


悠月の慌てたような、焦りのような声が響く。

ドアの音と勢い、悠月の声に驚いたのか、猫は逃げ去ってしまった。


彩葉「なっ、び、びっくりしたぁ~」

悠月「いろはっち、大変だ!」

彩葉「ど、どうしたの? そんな慌て…」

悠月「会えなくなるかもしれないぞ!」

彩葉「…え?」


一瞬、思考が停止した。

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